担当:井原雄人(早稲田大学スマート社会技術融合研究機構)
法定協議会を開催するにあたって、***大学の先生に参画してもらいたいと考えていますがどうしたら良いですか?
法定協議会に学識経験者は必須ではありませんが、参画してもらうとしたら、どのような役割を担ってもらいたいかをしっかり考える必要があります。
法定協議会と学識経験者
法定協議会を開催し、地域公共交通計画の策定などをする際に、委員に学識者・有識者に参画してもらいたいと考えることがあるかと思います。しかし、そもそも地域交通法の第6条にも定められているように、学識者・有識者の参画は必須ではありません。
学識経験者その他の当該地方公共団体が必要と認める者
また、「学識」というとどうしても大学の先生だと思いがちですが、「識」と「経験」が有ればよいので、必ずしも大学の先生である必要も有りません。
その中で、あえて学識経験者に参加してもらうのであれば、どんな役割を果たしてもらいたいかを考えておき、その役割をしっかり担える人を選ぶのがよいでしょう。
学識経験者の役割
学識経験者に委員を打診する際に書かれている文言で「大所高所よりご意見を賜りたい」というのをよく見かけます。これまでの経験を基に、広い視野で高い観点から意見を求めるということですが、これだけでは出された議案に対して「私はこう思う」というだけになってしまうので、これだけを役割としてしまうのは少々もったいないと思います。そこで、もう一歩踏み込んだ役割として「情報提供」と「通訳」を担ってもらうのが良いでしょう。
情報提供の役割は、「私はこう思う」の後に「例えば、**の地域では**のような取り組みをしていて」というように、他地域での取り組みを紹介することです。さらに、事例紹介をするだけでなく、取り組みが成功した(失敗した)ポイントを解説するとより良いでしょう。
ここで気を付ける必要があるのは、他地域での事例を聞いて、それをそのまま真似ようとすることです。地域の事情はそれぞれなので、全てが自分の地域に当てはまることはありません。事例の中から地域に当てはまる要素を考えて、参考にするという程度にとどめるのが良いでしょう。
通訳の役割は、協議会の多様な参加者の相互の理解促進を助けるために、それぞれが使う言葉を通訳することです。自治体・運輸局・交通事業者の間で話をしていると「**法の第何条で」という法律の話になったり、「仕業が確保できない」とか「協議運賃でやれば」とかあまりに聞きなれない専門用語が出てくることが良くあります。当事者間ではそれで通じるから問題ないかもしれませんが、それを聞いている住民代表にとっては、何を話しているか分からないうちに、結論が出て、決議に参加させられるというようなことになりかねません。そういった時に、「仕業というのは、運転手さんの一日の働き方のことで・・・」とか「協議運賃というのは、皆で話し合って運賃を決めることで・・・」というように分かりやすく通訳してあげると理解が進みます。ここで重要なのは「分かりやすさ」を重視することです。ここでも仕業も協議運賃も「正確」な意味は違うと思われた方もいるかもしれません。もちろん、間違ったことを言うことはいけませんが、正確に話そうとしすぎて小難しくなり、結局伝わらなければ意味がありません。
会長と座長
協議会の会長や座長を学識経験者が担うこともよくあります。会長はそのまま会を代表するものですが、会長を市長や副市長などが担い、会議の進行役を座長として務めることもあります。
進行役の役割は、自分の意見を言う「情報提供」や他者の意見を分かりやすくする「通訳」と違い、参加者からより多くの意見を引き出し、それをまとめることが求められます。議題によっては賛否が分かれることもあります。そういったときに「○○という意見や××という意見が出ましたが」と議論の交通整理をすることも必要です。「学識者が望ましいと考える姿を実現すること」ではなくて、あくまでも「地域の意思決定を促すこと」を役割と考えるとよいでしょう。
学識経験者は、こういった自治体が主宰する協議会などで進行役を行うことがあるため慣れている人もいますが、これは交通に対する「識」や「経験」とは異なるスキルです。
学識者は有識とは限らない
最初に「識」と「経験」があれば、必ずしも大学の先生である必要はないと書きましたが、逆に大学の先生に「識」と「経験」が必ずあるというわけではありません。もちろん、大学の先生はある分野の有識者のはずですが、皆さんの地域の交通に対して有識であるとは限りません。
地域の事情については、実際にその地域に住んでいる住民の方が、よそ者の学識者より良く知っていることもよくあります。
また、交通と一括りで言っても、交通経済に詳しい先生もいれば、ICT技術を利用した交通システムに詳しい先生、モビリティ・マネジメントのような利用者の行動変容に詳しい先生のように少しづつ得意なことが違う場合もあります(それぐらい大学の先生の守備範囲は狭いことが多いのです)。
このように、学識者が地域のやりたいことに対して、必ずしも有識でないこともあるというのが実態です。それぞれの先生の論文を読んで、というのは少し難しいかもしれません。県や運輸支局に相談したり、地域でやりたいことを調べる過程で、他の地域で似たような事例に取り組んでいる先生の名前があったらチェックしておく、というようなことから始めるのがよいでしょう。