クロスセクター効果―人々の移動を支える公共交通の価値を可視化する方法(3部作のうち1/3)

第1編 公共交通の意義・役割とクロスセクター効果分析の必要性(3部作の1/3)

土井 勉:一般社団法人グローカル交流推進機構

内容地域公共交通のクロスセクター効果について、もう少し詳しく知りたいと思います。

今回から3部作でクロスセクター効果について丁寧な説明をします。今回が初回になります。

クロスセクター効果のトリセツの記事は下記のように3部構成になっています。第1編から第3編まで通して読んでいただくことが望ましいと思います。

第1編 公共交通の意義・役割とクロスセクター効果分析の必要性(2024年5月25日公開)
第2編 クロスセクター効果の算出について(2024年6月5日公開)
第3編 ロスセクター効果の算出結果の評価と今後の展開(2024年6月15日公開予定)

1.はじめにー公共交通の意義・役割

 2019年春からのコロナ禍で、鉄道・バス・タクシーなどの公共交通は利用者減少のために、壊滅的な打撃を受けました。大半の事業者が赤字に転落しました。しかし、国土交通省のデータ1),2)を見るとコロナ禍直前の2019年度においても、地域鉄道やバス事業者の事業者のおよそ3/4が赤字の事業者でした。

 では、公共交通はなくなってもいいのでしょうか?

 そして、公共交通の代わりに自動車があれば、人々の移動は全て支える事ができるのでしょうか?

確かに自動車は便利で快適、そして時間や場所の制約を受けることなく、自由に移動を行うことを支える、優れた移動手段です。だから、これだけ普及したのです。

 郊外都市などでは、しばしば「クルマがあると、どこへでも行くことができ、とても住みやすいまちです。大人は全員クルマを持っているので、移動に困ることなどありません」と言われることがあります。そこで、本当に全員がクルマを持っているのかどうかを調べてみました。すると人口の23%が運転免許証を持たない、あるいは世帯に自動車がない人達であり、「気軽に自動車を使うことができない人たち」であることがわかりました(兵庫県加西市)。では、この人たちは外出の際に、どんな移動手段を使っているのでしょう? 分析を進めると、この人たちの27%が自動車による送迎で移動していることがわかりました。

 送迎で移動できるので「助かる」という人たちも存在しますが、一方で送迎してもらうことで、遠慮や気兼ねが働いて、外出機会が減少することや、本当に行きたいところを我慢すること、一日に何度も送迎をしてもらうことにためらいがある、といったケースが少なくないことは、様々な資料からも報告されています。また、送迎する方も、自分の時間を犠牲にすることになりますから、結構大変という声も聞かれます3)

 これに対して、バスや鉄道などの公共交通があれば、送迎をしたり、してもらうこともなく自分で自由に外出ができることになります。

 送迎だけではなく、公共交通は自動車と比較して移動手段として優れている点がいくつかあります。こうしたことから、公共交通も人々の移動を支える手段として無くてはならないものと言えます。

 公共交通が自動車よりも優れている点として、ここでは大きく次の二点を指摘しておきます。

 ① 「人々を束ねて」運ぶことができる(図1.1)

図1.1 50人を運ぶための移動手段として必要となる都市空間

(富山県高岡市エコライフ撮影会写真:(公財)とやま環境財団、一部土井修正)

 図1.1のように自動車だけに頼って人々を運ぶと、道路・駐車場の混雑・渋滞は深刻になります。一方でバスは1台で50人を運ぶことができるため、道路や駐車場整備を軽減することができます。もちろん、バスは停留所やバス路線から外れて、人々を運ぶことはできないので、自動車を含めて様々な移動手段で補完することで、その機能を発揮することができるのです。

 さらに、図1.1のバスには、買い物目的の人も、業務目的の人たちなど多様な目的の人たちが乗り合わせている可能性があります。こうした「束ねて運ぶ」公共交通の特徴が、クロスセクター効果を考えるヒントになっています。

 ② 自分で運転しなくてもいい

 当たり前のことですが、公共交通は自分で運転をする必要がありません。だから何らかの理由で運転免許証を持つことができない人であっても、利用することができる移動手段です。

 このため、公共交通があれば、送迎をする人たちにとっては送迎時間からの解放が期待できますし、送迎をしてもらっていた人たちにとっては遠慮していた外出を自分で行うことができることになります。このことは、これまで潜在化していた外出へのニーズが顕在化することにつながります。自由にまちに出ていくことで、まちが活性化することも期待できるのです4)

 公共交通が持つこれらの意義や役割は、自動車に置き換えることができない性質のものです。そのため、公共交通事業が赤字基調であったとしても、支えていくことが必要です。

 よく比喩として言われるように、公共交通は「まちのエレベーター」のようなものです。百貨店ではエレベーターが設置されていますが、このエレベーターで運賃を徴収し、収支を黒字化することは考えられていません。エレベーターを自由に使ってもらうことで、百貨店全体を黒字化することが期待されているからです。

 同様に公共交通についても、その意義や役割を明確にして、単に公共交通だけの収支で評価しない仕組みを構築する必要があります。

 ここでは、それをクロスセクター効果として提示したいと思います。

2.公共交通の意義・役割の可視化=CSEという考え方

 クロスセクター効果(Cross Sector Effects=CSE)の定義、役割、算出方法については、クロスセクター効果研究会が2023年10月にとりまとめた「地域公共交通の有する多面的な効果(クロスセクター効果)算出ガイドライン(標準版)」5)に詳しく述べられています。ここではこの資料を参考にして以下の内容を記述しました。

3.公共交通の価値を評価する指標

 公共交通を評価する指標としてしばしば利用されているのが、利用者数、1台当り乗車人数、輸送密度(旅客営業キロ1Kmあたりの1日平均旅客人数6))、それに収支(率)や満足度などです。これらの多くは輸送の効率性についての指標や、経営指標です。したがって、これらの指標を用いることは、輸送の効率性の向上や収支率の改善を暗黙のうちに想定することになります。例えば、地域の人たちのモビリティを確保するために費用が増加した結果、収支率が低くなるような場合、これらの指標で判断することは簡単ではありません。すなわち、これらの指標は、公共交通の意義・役割を評価するものとしては十分なものとは言えないのです。

 また、満足度も公共交通の評価にしばしば活用される指標です。確かに一時点の市民や利用者からの評価を測る指標として、満足度は意味があります。しかし、政策目標として「満足度の改善」を掲げても、満足度を測定する対象者は、調査の度ごとに変化する可能性がありますし、仮に同じ人を対象にしたとしても、自身の置かれている状況や環境が変わると、満足度に対する物差しが変化する可能性があります。そのため、満足度は公共交通の意義・役割の一面を評価するものであっても、何をどう改善すればいいのかという示唆を得ることは、容易ではありません。

 すなわち、これらの指標からは、対象とする公共交通が黒字化するために何人の利用者を獲得すればよいのかということや、経費の削減により黒字化する可能性があるのかということの把握はできても、本稿で述べてきた、公共交通の意義や役割に関する評価を行うものとはならないのです。

 これ以外に公共交通の意義・価値を説明する視点としては、「外出が促進されて高齢者が元気になる」「来訪者が増加してまちが賑わう」など様々なものがあります。ただし、これらは、定性的な「感覚」を述べるものが多く、定量的に評価する手法が確立しているとは言えない状況です。

 定性的な説明だけで、例えば、コミュニティバスの運行に行政が3,000万円/年の補助金を出していることについて、納税者に納得いく説明ができるかというと、残念ながら不十分だと言えるでしょう。

4.CSEの発想は「束ねて」「自分で運転しない」移動

 そこで、公共交通への補助金など、財政支出が妥当であることを定量的に説明できるパンチ力のある指標を考えることが不可欠です。

 その際にヒントになったことが、公共交通の持つ意義や役割を支えるために重要な「人々を束ねて運ぶ」ことと、「自分で運転しなくても良い」移動手段である、という特性です。

 公共交通が持つ、これらの特性を踏まえて、CSEを考えることにしました。

 公共交通が持つ多様な意義・役割と関連する行政分野については、下の図‐4.1に示すようなものが考えられます。

図4.1 公共交通が持つ多様な意義・役割7)

 公共交通の持つ多面的な効果は、移動の分野だけでなく、図4.1に示す医療や福祉、教育等の多様な分野(クロスセクター)に関わるものであり、CSEを定量的に算出することで、現在の公共交通への財政支出の妥当性や、必要性を可視化することが考えられます。

 ここで、多様な移動に関して、CSEを定量的に算出する際に対象とする移動について、まずは補助金などを出して行政が支えている通学や買い物、通院など日常生活に不可欠な移動と設定しました。

 もちろん、公共交通には行政が支える移動以外にも、まちの賑わいに関わる移動など多面的な効果が想定できます。しかし、はじめから対象を広げると、算出範囲が不明確になったり、計算方法が煩雑になったりする恐れがあると考えて、ここでは、対象を明確に行政が支える移動=財政支援を行っている公共交通として、その価値を定量的に算出することにしました。

参考資料

1)国土交通省:地域鉄道の現状、2024年5月閲覧
2)国土交通省:国土交通白書、2024年5月閲覧
3)西堀泰英、土井勉:送迎交通とその担い手に着目した実態分析、土木計画学研究講演集No.59、2019年6月
4)土井勉・西堀泰英:「愉しみの活動」に対して生活に身近な「都市の装置」が果たす役割、大阪大学COデザインセンター、Co*Design5、pp.45-64、2019年3月
5)クロスセクター効果研究会:「地域公共交通の有する多面的な効果(クロスセクター効果) 算出ガイドライン(標準版)」、2023年10月
6)一般社団法人日本民営鉄道協会:「輸送密度」、2024年5月閲覧
7)国土交通省近畿運輸局:「地域公共交通 赤字=廃止でいいの?」、2018年3月、2024年5月閲覧

8)西村和記、土井勉、喜多秀行:社会全体の支出抑制効果から見る公共交通が生み出す価値―クロスセクターベネフィットの視点からー,土木学会論文集D3(土木計画学),Vol.70,No.5,pp.I_809-I_818,2014.