クロスセクター効果―人々の移動を支える公共交通の価値を可視化する方法(3部作のうち2/3)

第2編 クロスセクター効果の算出について(3部作の2/3)

土井 勉:一般社団法人グローカル交流推進機構

クロスセクター効果の算出方法について、もう少し詳しく知りたいと思います。

2回目ではクロスセクター効果の算出について基本的な説明をします。

クロスセクター効果のトリセツの記事は下記のように3部構成になっています。第1編から第3編まで通して読んでいただくことが望ましいと思います。

第1編 公共交通の意義・役割とクロスセクター効果分析の必要性(2024年5月25日公開)
第2編 クロスセクター効果の算出について(2024年6月5日公開)
第3編 クロスセクター効果の算出結果の評価と今後の展開(2024年6月15日公開)

5.CSEの算出イメージ

 CSEを定量的に算出する基本的な考え方は、次の通りです。

 赤字の公共交通を支えるために補助金や委託費などの財政支出(図5.1の②に該当)を行っている際、仮にこうした財政支出を止めることで、当該公共交通が廃止されるとすると、今までその公共交通を利用している人たちの移動を確保するために、関係する行政部門で新たに必要となる施策にかかる費用(分野別代替費用;図5.1の①に該当)の合計金額と、現状の運行を支える財政支出額を比較することで、CSEを算出することができます。

 ①については、通学目的で当該公共交通を利用している人たちの移動を確保するために、スクールバスを運行することや、病院までの送迎バスの運行やタクシー券の配布などの多様な行政分野における代替施策を積み上げたものになります。

 ここで、①の分野別代替費用から、公共交通への補助金や委託費といった財政支出である②を差し引いた差額がクロスセクター効果③となります。①-②=③>0であれば、公共交通への財政支出の効果は公共交通に対する単なる赤字の補填にとどまらず、「地域を支える効果的な支出」と見なすことができます。

図5.1 公共交通のCSEに算出イメージ5)

 これがCSEの基本的な考え方です。ここで、交通プロジェクトで活用されることが多い、費用便益分析(B/C)との違いについても、触れておきたいと思います。

 B/Cはプロジェクトを実施した際の効果を貨幣換算して、プロジェクトを実施した場合に生じる便益と、それを実現するために必要となる費用を比較するものです。これは道路や鉄道プロジェクトの評価で多く活用されています。

 これに対して、CSEは「公共交通の運行を支える財政支出」と「公共交通が廃止された場合に必要となる移動を支える分野別代替費用の合計」という費用同士の比較によって、当該の公共交通の運行についての価値を可視化するものです。

 B/Cでは、便益と費用の関係は商店の「売上」と「仕入れ」のような関係だと言うことができます。商品を売るには、その物を仕入れるために費用が発生するので、一時的に財布の中身は赤字になります。しかし、商品を仕入れ値よりも高く売ることができれば、財布の中身は元よりも増えることになります。便益という売上を得るための必要経費が費用であると言えます。

 一方で、CSEは、同じ機能を持つ商品Aと商品Bのどちらを仕入れるべきかを比較する考え方です(相見積もりと言っても良いかもしれません)。同じ機能を持つのであれば、安い商品を買った方が費用を抑えることができます。そこで、商品A(公共交通)と商品B(公共交通の代替サービス)のどちらが安いかを計算して、財布から出ていくお金が少なくてすむようにしようとする考え方なのです。

 また、CSEは4.でも述べたように、公共交通が有する多様な価値を、全て定量化したものではなく、現在提供されている公共交通に対する財政支出の有用性を評価するものであることについても、注意をしておいてほしいと思います。

 ただ、CSEの算出範囲は行政の財政負担に過ぎないものですが、移動の提供という行政施策において、公共交通一辺倒で、代替案の財政負担などについて真面目に検討されてこなかったことに一石を投じるものだと考えています。

6.CSE算出の基本的な考え方

 CSE算出にあたっての基本的な考え方は、以下の3点になります。

① 算出方法の統一

 算出する対象が同じ場合は、誰が計算をしても、同じ結果となる算出方法をめざしています。算出を行う人によって結果が異なると、CSEへの信頼性が毀損されることを避けるためにも必要な考え方だと思います。

② 現状と同等の移動機会を確保する代替施策の設定

 分野別代替施策は、代替施策費用が過大にならないように、現状のサービス水準をベースとします。例えば、タクシー券の配布を行う場合は、CSE算出対象となるバスのバス停留所間(例えば自宅近くのバス停から病院近くのバス停までの間)のタクシー利用として算出します。

 また、実態としてCSE算出対象地域にタクシー車両が1台しかない場合でも、複数台のタクシー活用を想定するなど、現実的に実施できるかどうか否かは別として、仮想的に実施する場合を、想定して算出を行うこととしています。

③ 二重計上・過大評価の回避

 代替施策を実施する場合、例えば買い物目的と通院目的など、重複する移動が行われている場合には、一定のルール(代表目的の設定※1)に基づいて、一つの目的に集約して二重計上を回避するようにしています。

 また、一つの分野に複数の代替施策がある場合には、最も費用の小さい施策を採用することにしています。こうしてCSEが過大にならないように注意をしています。

7. CSE算出の枠組み

 CSEは、公共交通が生み出す多面的な効果のうち、行政が支えるべき移動を対象として、当該公共交通への財施支出と分野別代替費用の差を比較することで定量的な評価をするものです。しかし、公共交通が生み出す多面的な効果は、表7.1に示すように、行政の視点からみた価値だけでなく、社会全体の視点からみた価値も多くあります。

 ここで述べるCSE(並びに「CSE算出ガイドライン標準版」)で扱っているのは、表7.1の左側の「行政の視点からみた公共交通の価値」のうち、定量化が可能で、これまでにCSE算出に取り組んできたものについて◯印を付けたものです。◯が付いていないもの、例えば「道路混雑による道路整備費用の増加」などは、通常の路線バスの場合、仮に廃止となって、バス利用者が自動車利用に転換したとしても、道路混雑にまでは波及するほどの量にはならないことが多いので◯を付けていなません。しかし、鉄道など大量輸送を行っている公共交通については、CSEを算出する場合に道路混雑・渋滞の影響を織り込む場合があります(近江鉄道の事例など)。そこで、道路混雑対策などは「ガイドライン」の標準版ではなく「オプション版」で取り扱うことにしています。

 次に表7.1の右側に示す「社会全体の視点からみた地域公共交通の価値」についても、可視化することが期待されていますが、現時点のCSEについては表7.1の左側の「行政の視点からみた公共交通の価値」の算出に関して、取り組んできたことになります。

表7.1 公共交通が生み出す価値とCSEの位置づけ5)

■注釈

※1:代表目的の設定についての詳細は、クロスセクター効果研究会:「地域公共交通の有する多面的な効果(クロスセクター効果) 算出ガイドライン(標準版)」、2023年10月.p.9を参照。

■参考資料

1)国土交通省:地域鉄道の現状,2024年5月閲覧
2)国土交通省:国土交通白書,2024年5月閲覧
3)西堀泰英、土井勉:送迎交通とその担い手に着目した実態分析、土木計画学研究講演集No.59、2019年6月.
4)土井勉・西堀泰英:「愉しみの活動」に対して生活に身近な「都市の装置」が果たす役割,大阪大学COデザインセンター,Co*Design5,pp.45-64,2019年3月.
5)クロスセクター効果研究会:「地域公共交通の有する多面的な効果(クロスセクター効果) 算出ガイドライン(標準版)」、2023年10月
6)一般社団法人日本民営鉄道協会:「輸送密度」、2024年5月閲覧:
7)国土交通省近畿運輸局:「地域公共交通 赤字=廃止でいいの?」、2018年3月
8)西村和記、土井勉、喜多秀行:社会全体の支出抑制効果から見る公共交通が生み出す価値―クロスセクターベネフィットの視点からー,土木学会論文集D3(土木計画学),Vol.70,No.5,pp.I_809-I_818,2014.