一般社団法人グローカル交流推進機構 土井 勉
コロナ禍やドライバー不足を理由に、公共交通事業者から減便・廃線の申し出があった場合にどうすればいいのでしょうか?
先ずは,対象となっている公共交通を現在利用しているのが,どんな人たちで,どんな目的で利用されているのかを把握することから考えを整理していきましょう.
ここでは減便・廃線問題の申し出があった際に考えられる方策を表に整理しました.この内容を紹介したいと思います.ただ,もっと他にも対応策があるようにも思いますので、その都度、追加していきたいと思います。
最初に強調しておきたいことは、減便・廃線は普段はクルマを使っている人達にも関係があるということです。
「トリセツ」の「絵本100人の村で地域公共交通を考える」でも紹介をしていますが,普段はバス・鉄道など公共交通を使わず,クルマだけで移動している人たちにとっても,公共交通は安心して免許返納ができること,運転できない家族を送迎する負担の軽減などの役割があります.
したがって,公共交通の存在は,現在の利用者だけでなく,クルマを使っている人達や、今後公共交通の利用者になると想定される人たちも関わってきます.減便・廃線は,こうした人たちの未来にも影響する可能性があるということを担当者だけでなく,地域の人たちにも理解してもらうことが重要です.
では、対応策について考えてみましょう。
表 減便・廃線の申し出に対する方策
1.首長(市町村長など)さんから,当該交通事業者さんに減便・廃線を回避する依頼の発出
先ずは,首長さんたちが当該企業に「減便・廃止をやめて下さい」と依頼されることがあるかと思います。これだけでは減便・廃線を止めることに,効果があるようには思えませんが、多くの人たちに、減便・廃線の状況を知ってもらうためには、効果があると思います。特に日常生活で公共交通を使わない人たちに,状況を知っもらうことができそうです。状況を知ってもらい、一緒に考え、取り組む仲間が増えることは重要なことです。
2.現在の利用者の実態把握
減便・廃線で最も大きな影響を受けるのは,実際に利用している人たちです.まずは,この利用している人たちの個人属性(年齢,職業,居住地、免許の有無),利用目的,利用時間帯,OD(乗車と降車の停留所間の利用実態)、乗換の有無と乗換の際の接続の確認、等の把握をしましょう。そして、減便・廃線対象路線の代替路線の有無を確認し、多少は不便になるけれど、代替路線がある場合の利用で吸収できる人たちと、代替路線が無い人たちの把握を行いましょう。特に免許が無く、代替路線も無い人たちは減便・廃線で大きな影響を受ける可能性があるので、しっかり確認をすることが重要です。
この実態把握により、減便・廃線の影響と、対応策を考える基礎的なデータを確認することが可能となります。
3.既存路線での吸収や新たな方策の検討
現在、通院している利用者が診察開始時間には間に合わなくても、診察時間内に病院に到着できる便があることで目的が達成できるのであれば、減便もやむなし、ということもありそうです。ただ、通学利用で、減便や廃線のために授業開始に間に合わない事態になると、新たな方策(例えばスクールバスの運行や、地域の人たちとつくりあげる自家用有償旅客運送など新たな仕組み)の検討と実施が必要になるかと思います。
改正された活性化再生法でも、地域の輸送資源の総動員ということが述べられているので、上記の病院バスやスクールバス以外にも活用可能なものがあるかも知れません。こうした可能性についても検討することが期待されています。
4.収支の改善策
減便・廃線の背景には利用者減少による運賃収入の減少があるのですから、なんとか収支が改善できるような方策を考えることが必要になります。
そこで先ず考えられることは、交通事業者の経費節減です。しかし、これは既に多くの事業者で進められていることです。これ以上の経費節減は運転士や整備士の人たちの待遇悪化などにつながり、安全運行を脅かすことになるかも知れません。短期的な収支改善のために長期的な安全運行を犠牲にすることは望ましいことではありません。
次に考えられることは運輸収入の増加策です。これは利用促進を促すことです。通勤が通学利用の可能性が多い地域、人口が集中している地域では、まだまだ公共交通の手が届いていない人たちがいる可能性があるので、MM(モビリティ・マネジメント)などの実施をすることで利用増加が期待できそうです。しかし、人口が少ない地域においては、利用促進で、多少の効果はあるとしても、それだけで収支を改善することは容易ではありません。次に述べる別途の増収策などとの合せ技が期待されます。
沿線の企業(商業施設や病院など)から公共交通の運行を支える協賛金のサポートや自治会等(生駒市鹿ノ台のぐるぐるバス)による負担金などを集める事例も多くあります。ただ、これらの協賛金や負担金だけで収支の改善は容易ではなく、前述した利用促進などとの合せ技が必要になります。
さらに減便・廃線を避けるために、行政による補助金等の財政支援が考えられます。ただ、コロナ禍等により、税収も落ち込むなど財政支援も容易ではないのが現状です。したがって、当該路線への行政支援により、医療や教育などの行政経費が節減できるクロスセクター効果の算出などによる合意形成(例えば西宮市のコミュニティバス)を図る必要があります。
また、行政の交通政策実現のための財源確保策として交通税(例えば、滋賀県)等の検討が行われている場合もあります。交通税については、フランス等でLRT整備の財源として活用されている等の海外の状況がありますが、我が国での課税方法や使途等についてはまだ議論が始まったところだと考えられます。
そして、収支が悪化して減便・廃線になるのであれば、交通事業者の収入を改善する方策として、運賃の値上げも重要な改善策になります。実際に京都府の長岡京市ではコロナ禍等による路線バスの3割減収に対して、現行170円の運賃を230円に改訂して大幅減便の回避を行うことを地域公共交通会議に図り、合意を得ています。値上げをすることで利用者のバス離れが危惧されますが、今回の場合は収入増になると想定されています。今後は、こうした取り組みも増加すると考えられます。
こうした収支の改善策は、収入減少で困っている事業者にとっては重要なことなのですが、例えば補助金を投入することで事業者は収入を上げても補助の金額が減ることになる場合があり、きめ細かい制度設計が重要となります。
5.事業構造の改革
そもそも、我が国のように、運賃収入をベースに公共交通の運行を民間事業者に委ねているケースは世界でも異例なのです。多くの国では、運行を支えるために公的資金を投入しています。
現在の我が国の公共交通の現状と、将来の人口構造を考えると、大都市部の一部の公共交通を除いて、厳しい経営環境は続くと思われます。したがって、公共交通の事業構造を大きく変更するための議論にも取り組むことが重要です。
そのヒントの一つが主に鉄軌道で導入がされている上下分離です。バスで言われる公設民営なども、これに近い概念だと考えられます。上下分離は、インフラとしての下部は公的な管理を行い、上部としての運行については公共交通事業者が担うものです。経営の状況が厳しい鉄道を対象として、既に我が国でも少しずつ事例が増えてきました。ただ、例えば、インフラ部分の管理を行政などが実際にできるのかなど、上下分離も必ずしも救世主ではなく、多くの課題がありますが、これらも多様な取り組みが増えることで洗練された制度になっていくものと考えられます。
もう一つはPSO(Public Service Obligation)です。これは民間事業者では供給が難しいけれども、社会的に望ましいサービスについて公的資金を用いて提供する義務と定義されるもので、欧州では既に導入が行われているものです。これについても、我が国に馴染む制度とするためには、財源をどうするのか等の議論が必要となってくると考えられます。
6.まとめ
コロナ禍などで利用者減少・収支の悪化を理由として公共交通事業者から減便・廃線の申し出があった際に取り得る方策をまとめてみました。この際、その路線が持つ意味や意義を十分に考え、支え方などを検討する機会だと考えましょう。そして、行政だけでなく、沿線の様々な人々からも支えてもらうようなアプローチを行うことが期待されていると思います。