利便性の向上と利用促進の関係

担当:井原雄人(早稲田大学スマート社会技術融合研究機構)

行政
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利便性を向上させて利用促進をしたいのですが、いまいち利用者が増えません。

天の声
天の声

利便性の向上は重要ですが、利用促進に繋げるのであれば「誰にとっての」利便性なのかを意識することが必要です。

誰にとっての利便性なのか

 利便性とはつまり「便利さ」のことですが、公共交通を便利にするには様々な方法が有ります。国でも地域公共交通利便増進実施計画の策定を促し、各種の取り組みが行われています。これらの計画の中には路線の再編や等間隔ダイヤといった公共交通ネットワーク全体の利便を向上させるものも有りますし、ICカードなどでのキャッシュレス決済やバスロケーションシステムの導入といったものもあります。それぞれ「便利さ」を向上させることに違いは有りません。
 しかし、ここで気を付けなければならないのは、これらの利便性向上が「誰にとって」便利になるのかというところです。今も公共交通を利用している人が便利になるものと、これまで公共交通を利用していなかった人が便利になったから利用しようと思うものでは、取り組む内容が異なってきます。

今も利用している人が便利になる

 例えばICカード導入は、今も公共交通を利用している人がもっと便利になる取り組みにあたります。今までは小銭を用意しなければいけなかったのに対して、ICカードだけで乗車できるというのは、確かに利便性が向上しているといえるでしょう。しかし、ICカードがなかったとしても、今まで利用していた人たちは不便だとは思うけれど、それを理由に乗らなくなるほどではありません。

 しかし、それが利用者の増加に繋がるかといえば、便利になった(あえて指標で示すとすると、公共交通の満足度が向上した)のは事実ですが、今までも利用していた人たちが、さらに利用を増やせるかといえば、そうでない場合が多いと考えられます。

これまで利用していなかった人も便利になる

 これまで利用していなかった人は、ICカードを導入して利便性を向上させても利用するようになるとは限りません。これまで利用していなかった人にとって、「利用する時」の手段が便利になっても、そもそも利用しないのであれば、利便性の向上の影響を受けることはないからです。

 これまで利用していなかった人が利用するようになるためには、今まで利用しなかった理由が解消される必要があります。例えば、自分の徒歩圏内にバス停がなかったり、乗りたい時間に運行していないという理由がある人に対しては、運行ルートやダイヤを改善するというような取り組みが必要です。この場合は、今まで利用していなかった人が、新たに利用してくれることが期待できるようになります。

 このように、同じ利便性の向上といっても、今も利用している人をターゲットにした場合は利用者を増やすことには繋がらず、これまで利用しなかった人をターゲットにした場合は利用者が増える可能性があるという違いがあります。

運賃も利便性の一つ

 同じように便利にするという意味では、運賃を安くするということも利便性の向上の一つになります。しかし、これを前述の2つのパターンに当てはめると、運賃を支払うのは利用する時ですので、今までの利用していた人にとって影響は大きいですが、利用していなかった人にとってはあまり関係がありませんし、そもそも使っていなので安くなったことに気が付きさえしないかもしれません。

 このことを理解せずに、「コミュニティバスを割引して利用者数を増やすことで収支を改善させよう」というような取り組みをすると、今までの利用していた人からの運賃収入は減少し、新しい利用者は増えないため、収支はむしろ悪化するという結果になってしまいます。

便利になっても利用するつもりのない人

 公共交通を維持していくためには利用者を増やしていかなければいけません。しかし、現実はここで示したような、今も利用している人と何かしらの不便があって利用していない人に加えて、便利になったとしても利用しない人=クルマでの移動が便利な人がいます。利便性という意味では、公共交通とマイカーを比べた場合、どんなに公共交通の利便性を向上させてもマイカーの利便性には劣ります。

 公共交通の利用促進をする上では、こういった人たちにも何かしらのきっかけをつくって利用してもらい、「マイカーに比べて不便だけど、公共交通でもいいか」と思ってもらうことも重要です。

 例えば、近年いくつかの自治体で行われている公共交通無料DAYなどがこれにあたります。無料DAYの取り組みでは、無料にした日の利用者が何倍になったところに注目が集まりがちですが、ずっと無料にし続けることはできないので、この何倍かということにはあまり意味がありません。

 むしろ「無料だから試しに乗ってみるか」というのをきっかけに、その中のごく一部でも「公共交通も意外によい」と思って継続して利用してくれるようになれば、大きく利用者を増やすことできるというところが重要になります。また、無料DAYを行うのはコストも、事業者との調整もハードルが高くなりますので、同じきっかけを作るのであれば「お試し乗車券」を配布するということから始めてもよいかもしれません。

利便性向上の対象と利用者数

 ここまで示してきたことは少し極端に書かれていて、今も利用している人が便利になるような取り組みでも、利用頻度が増えれば利用者は増えることになりますし、運賃を安くしたら新たに利用する人が増えないわけではありません。利用者の増減は何か一つの要因だけで決まるものでないため、行っている取り組みが誰にとって影響を与えているかを意識しておくと、取り組みの評価の段階でブレることがなくなるでしょう。

 また、利用促進の成果としての利用者の増加には、対象の母数も考える必要があります。

 例えば

  • 利用するつもりのない人=全体の60%
  • 利用してなかったけど、利用するつもりのある人=全体の30%
  • すでに利用している人=全体の10%

 だとすると、利用するつもりのない人が半年に1回利用してくれるのと、利用するつもりのある人が3か月に1回利用してくれるのでは、年間で増える利用者は一緒になります。また、すでに利用している人で同じ増加を図るためには、月に1回利用を増やす必要があります。

 利用するつもりのない人には、何かしらの特別なきっかけを与える必要がありますし、すでに利用している人に、さらに月に1回ずつ利用を増やしてもらうというのは、それぞれ違った難しさがあります。限られた財源の中で、全てを対象にした取り組みを行っていくことは困難です。利便性を向上させ、利用者を増やして行くには、誰にとっての利便性の向上なのかを意識して、対象に即した取り組みを行っていくことが必要でしょう。

 利用促進における「転換」と「創造」については「公共交通の利用促進に取り組むために その2需要はどこにあるのか?」の記事も参考にしてください。

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