コロナ禍が公共交通に及ぼした影響と再生のヒントを考えるー鉄道統計年報からー

一般社団法人グローカル交流推進機構 土井 勉

若手専門家
若手専門家

公共交通に対するコロナ禍の影響って?

トリセツ
トリセツ

公表されているデータから、得ることができる教訓の一部を考えたいと思います

はじめに

 我が国では2020年の春から感染拡大がはじまったCOVID-19(以下、コロナ禍と略します)のパンデミックは、私達の社会に大きな影響を及ぼしました。人々の移動が制限され、三密の回避を行うことで、人々を束ねて運ぶ移動手段である公共交通についても利用者が大きく減少し、減便・廃線問題が浮かび上がってきました。そして、その影響は今(2023年5月)も大きな傷跡を残しています。

 ただ、3年間の公共交通の状況の推移を見ていくと、今後の公共交通のあり方についてのヒントを得られることもありそうです。

 そこで、国土交通省が毎年度公表している「鉄道統計年報」のデータをもとに、土地勘がしっかりとある私のご近所を路線とする公共交通の状況を概観して、再生のヒントを考えてみます。

 公共交通が再生するための議論の材料になれば幸いです。

検討対象路線と分析に利用するデータ

 コロナ禍で大きな影響を受けた公共交通であり、かつ観光需要が極めて大きいと日々実感している京都市西部にある京福電気鉄道嵐山軌道線(四条大宮駅から嵐山駅を結ぶ嵐山本線と帷子ノ辻駅から北野白梅町駅を結ぶ北野線を含んでいます。以下、嵐電と呼びます)を分析の対象とします。嵐電は私の自宅のすぐ近くを通っていて、子供の頃から今に至るまで、ほぼ毎日利用しています。だから、様々な状況変化についても体感できているという理由も検討対象路線とした理由の一つです。

京都市西部、特に嵐電が敷設されているエリアには嵯峨野や嵐山、渡月橋、天龍寺、竹林の小径など京都観光の定番のスポットが数多くあり、国内外から多くの観光客が来訪しています。同時に嵐電の沿線には島津製作所はじめとする事業所や複数の高校・大学、病院・商店街などが立地しています。それに数多くの住宅地が存在し、嵐電は人々の日常生活を支える重要な公共交通として機能しています。

 このエリアには嵐電だけでなく、公共交通としてJR西日本・嵯峨野線、阪急電鉄嵐山線、京都市バス、京都バスがあり、コロナ禍以前は、各公共交通も観光シーズンだけでなく通年にわたって多くの観光客が来訪していました。

 こうした観光利用が多く、同時に生活路線としての性格を持つ嵐電について、国土交通省が毎年度発行している「鉄道統計年報」を活用してコロナ禍前後の輸送人員の変化を把握することで、そのインパクトなどについて考察をしたと思います。

コロナ禍のインパクト

写真-1 観光客で溢れる嵯峨野の竹林の小径(2016年4月:土井撮影)

 コロナ禍が顕在化する2020年の春までは、写真-1のように嵐電沿線(有名な観光スポット、竹林の小径)では観光客が溢れている状況が続いていました。

 では、実際に嵐電の利用状況はどうだったのでしょうか?

 各年度の「鉄道統計年報」からインバウンドの観光客をはじめ多くの観光客が嵐電を利用していた2017年度~2019年度と、コロナ禍で一気に輸送人員が減少した2020年度の状況を表-1に示します。2017年度~2019年度までは年間輸送人員の合計が8.3百万人程度、そのうちの定期外が5.5百万人ということで推移していました。定期外の利用割合はおよそ2/3程度になっていました。

表-1 嵐電の年間輸送人員

出典:国土交通省、各年度「鉄道統計年報」

図-1 嵐電の年間輸送人員の推移

出典:国土交通省、各年度「鉄道統計年報」

 これが2020年の春に起こったコロナ禍によって、学校も対面の授業からオンラインによるものとなり、企業も在宅勤務が増加したことで通勤・通学をはじめとする人々の外出が極端に減少しました。まちの中の店舗も、お客さんが減ったので一時的に閉鎖されるところが増加しました。この2020年度はコロナ禍で外出が減少し、嵐電の年間輸送は合計で5.5百万人になり、それ以前の8.3万人に比べて2.8万人(34%)の減少となりました。

 この李輸送人員の減少分が全て収入の減少になっていったのですから、コロナ禍のダメージの大きさが容易に想像がつくと思います。

 なお、表だけでは輸送人員の推移がわかりにくいので、同じ内容を図にしたものが図-1です。

コロナ禍で減少した移動についての考察

 コロナ禍前の2017年度~2019年度は、それぞれの券種別に多少の変動はありますが、大きな傾向に差がないと考えて、この3年間の輸送人員の平均値と、コロナ禍で減少した2020年度の輸送人員を比較することで、コロナ禍で変化した移動について考察をしたいと思います。

 表-2がコロナ禍前3年間の平均年間輸送人員とコロナ禍(2020年度)の比較です。

表-2 コロナ禍前3年間の平均年間輸送人員とコロナ禍(2020年度)の比較

*3カ年平均とはコロナ禍前にあたる2017年度~2019年度の3年間の平均値

 出典:国土交通省、各年度「鉄道統計年報」

 これより輸送人員の変化を券種別で見ると、定期外の減少が5.6百万人から3.2百万人と最も大きくなっています。減少数は2.4百万人であり。コロナ禍前から比べると4割以上の減少となっています。

 この定期外の輸送人員の減少には観光客の来訪の減少が含まれていますが、それ以外にも沿線の人たちが普通に乗車券を用いて買物などに行っていたものも「不要不急」の外出の自粛で、移動が減った影響も含まれていることには注意をしておく必要があります。

 次に減少が大きいものが通学定期の輸送人員で、33%の減少となっています。沿線には複数の高校、それに大学などが立地しています。これらの学校で対面の授業からオンラインの授業に転換したことや、クラブ活動の自粛などの反映されたものと考えられます。

 通勤定期の輸送人員はこれらに比べると8%減少となっています。平常時だと8%の減少は、極めて大きなものなのですが、コロナ禍の状況を踏まえると意外に減少が少ないようにも思えます。これは嵐電が通勤の足として人々の移動を支えていたということだと思います。

 ここで定期外の輸送人員について、もう少し越し踏み込んで考えてみたいと思います。

というのは、定期外は全て観光利用だと思われていることが少なからずあるからです。しかし、前述したように、定期外の利用には観光利用以外でも、沿線地域の人々が通院・買物・業務などの日常生活を行う場合に普通に料金を支払って移動する場合も含まれています。

 こうしたことを前提として、表-2の定期外の輸送人員から観光利用の輸送人員を推計してみたいと思います。その際の手順として、次のように考えてみました。

 ①コロナ禍では観光利用で嵐電を使う人は皆無になったと仮定する。これは、コロナ禍時に嵐電に乗 

  っていた実感でもあります。

 ②2020年度に定期外で嵐電を利用していた人たちは、日常生活を維持するためであったと考えます。

  2020年度の定期外の輸送人員3,174千人は沿線の日常生活利用だということで大きく異なることは

  ないと考えられます。

 ③したがって、コロナ禍前の観光利用の輸送人員はコロナ禍前の3カ年平均の定期外の利用数から

  2020年度の定期外を除いた数(=3か年平均から2020年度の定期外の減少数)に相当するので、

  5,554千人-3,174千人=2,380千人程度になります。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、先に述べたように沿線住民もコロナ禍において不要不急と考えられる移動を減らしていることです。したがって、この2,380千人の中には、不要不急の呼びかけに応じて、沿線住民による潜在化した移動も含まれていることが考えられます。

 したがって、潜在化した沿線住民の日常利用分を考慮すると実際のコロナ禍前の観光利用の輸送人員は、これよりも減少するものと考えられそうです。

コロナ禍後の利用促進のためのヒント

 上記で述べたように観光利用の輸送人員は最大でもおよそ2,380千人/年となります。

 この数字はコロナ禍前の嵐電の合計輸送人員826.5万人/年の28.8%に相当する量です。2017年度~2019年度のオーバーツーリズムの頃の嵐電の車内の様子だと乗客の半数以上が観光客だという印象がありましたが、意外な結果になりました。

 そして、観光の輸送人員2,380千人/年に対して、観光以外の定期外の輸送人員は3,174千人/年であるから、観光よりも日常生活での利用数の方が多いことがわかります。これも当初は考えていなかったことでした。

 派手な服装や大きな荷持が目立つこともあって、多くの観光客が押し寄せているという印象がありましたが、こうしてデータから見ると観光客が多い年度であっても約3割程度が観光利用であることがわかりました。これは想定していたよりもかなり少ない規模だと思いました。しかも、実際にはこの約3割の中には先述した沿線住民の潜在化した移動も含まれるので、観光客の割合はもっと少なくなりそうです。

 全国的に有名な観光地を多く持ち、実際に多くの観光客が押し寄せている嵐山などを沿線に持つ嵐電においても輸送人員に占める観光客割合は多くても3割だということがわかりました。

 こうした考察の結果から、コロナ禍後の公共交通の利用促進を考える際のヒントとして、観光も重要な要素ですが、それ以上に沿線の人々の日常的な利用をしっかりと受け止めることが重要であることを、今回の嵐電の分析結果が示唆しているように思います。 

 また、通学定期の利用者については、学校が対面授業などを再開することで輸送人員は回復するように考えられます。

 通勤定期の利用者は8%の減少になりましたが、こちらも在宅勤務などが定着することがあると考えられますので、完全に元には戻らないかも知れませんが、コロナ禍の影響を想定することができそうです。