担当:井原雄人(早稲田大学スマート社会技術融合研究機構)
運賃を100円でコミュニティバスの実証試験をしてみたけれど、「採算が取れない」と言われて本格運行には至りませんでした。
100円の運賃だけで採算が取れることはきわめて稀です。運行にかかる経費を計算して、どのくらいの人を運べるかを踏まえて運賃を考え、足りない分をどのようにするかも一緒に考えましょう、
輸送人員と運賃設定
コミュニティバスの成功例として武蔵野市のムーバスはよく取り上げられます。自分たちの地域でもコミュニティバスを走らせようとするときに、先行事例を調べることは必要ですが「ムーバスは100円で成功している」というところだけ見て、同じように100円に設定することは良いとは限りません。
ムーバスは都内の人口密度の高い地域で運行しているため、必然的に利用者も多く、たくさんの人が乗り合えば100円の運賃でも、運行経費をかなり賄うことで成り立ちます。しかし、人口の少ない地域で、路線バスが撤退してしまう代わりにコミュニティバスを走らせるようなところでは、利用者が少なく100円の運賃では成り立たなくなる場合がほとんどです。また、そういった地域では、まばらに人が住んでいるところを結んでいくため路線が長くなりがちで、これも運行経費が上昇して採算を悪くする要因となります。
バスを走らせるために必要な費用についてはこちらで詳しく紹介しましたが、基本的にはバスを走らせるには1日・1台という単位で費用がかかってきます。つまり、短い路線を頻繁にたくさんの乗客を乗せて走らせても、長い路線を時間を掛け少ない乗客を乗せて走らせてもかかる費用は同じです。一般的な路線バスは距離に応じて運賃を変えることで、費用を賄おうとしますが、多くのコミュニティバスのように一律**円という運賃設定では、路線が長くなればなるほど採算は悪くなります。さらに、ここで運賃を100円に設定していると「常に満員のお客さんが乗っていても採算が取れない」というようなこともよくあります。
より顕著なグリーンスローモビリティ
これがより顕著となるのがグリーンスローモビリティ(GSM)です。上記のコミュニティバスでは路線が長い場合の事例を示しましたが、本当は問題は「長さ」ではなく「それを走るために掛かる時間」です。ゆっくり走るGSMでは、同じ距離を運行するにも多くの時間が掛かります。また、GSMはコミュニティバスより小さな車両であるため、乗れる人数も限られ、時間あたりに輸送できる人数はさらに減ることになります。観光地で車窓(窓はありませんが)をゆっくり眺めながら乗るのには良いかもしれませんが、まちなかで走るコミュニティバスに替わる車両は向かないかもしれません。
GSMはこの数年いろいろな地域で導入が進む一方で、実証試験の後に本格導入に至らなかった地域や、宇部市のように運行を中止したような事例もあります。これらの全ては採算が取れないからという理由ではありませんが、運行の持続性を考える際には採算は避けては通れない問題であることは間違いありません。
運行するルートと導入する車両(の車速)が分かれば、時間当たりにどれだけの人を運べるかを把握することは難しくありません。もちろん、これに対して実際のどれくらいの人が乗るかという需要予測は必要ですが、それでも最大で**人を運ぶのに**円の経費が掛かるというところから、採算を取るために必要な運賃を考えることできます。
100円が悪いわけではない
しかし、100円のコミュニティバスが全て悪いわけではありません。ここまでは運賃だけで採算を取ることを前提に書いてきましたが、そもそも路線バスが撤退する(多くの場合は赤字)ような状況ですので、どうやっても採算を取ることが難しいところも多いでしょう。
必要なのは、とにかく運賃で採算を取る方法を考えるのではなく、足りない分をどの立場の人が、どのように負担するかを考えておくことです。そのためには、移動した先での価値を含めて、それによって恩恵を受ける立場の人たちから負担をしてもらうことが有効ですが、この合意形成には時間が掛かります。運行のルートやダイヤの検討をするのと一緒に、負担の在り方を考えておかないと、冒頭にあるような「採算が取れない」ので運行を止めますという選択肢しか取れなくなってしまいます。逆に、この合意形成がしっかり図れるのであれば、100円という運賃は従来の路線バスより安価となり、利用者が増える呼び水になるかもしれません。これができれば、以前紹介した珠洲市の事例のように100円と言わずに無料とすることもできるかもしれません。
一番良くないのは、コミュニティバスを走らせたくないから(手間や経費など様々な理由はありますが)経費の負担の在り方の議論をせず、アリバイだけの実証試験を行い、採算が取れないのでやらないとしてしまうことです。そうならないように、利用する側もルートやダイヤ等の自分たちの利便性だけでなく、経費の負担の在り方についても話し合いの場で積極的に提案していくようにしましょう。