最近よく「モビリティ」という言葉を聞くことがあります。これって何ですか?
「移動」という意味ですが、人々の自由な移動と、これを支える多様な移動の仕組みを含む幅広い使われ方をしている概念のことです。
一般社団法人グローカル交流推進機構・理事長 土井 勉
1.モビリティ(Mobility)という言葉
2018年初頭にトヨタ自動車株式会社の豊田章男社長が、これからは「自動車をつくる会社からモビリティ・サービスの会社」になると発言してモビリティという言葉が注目されるようになりました。
また、MaaSという言葉も新たな移動サービスの仕組みとして最近しばしば目にすることが多くあります。MaaSとはMobility as a Serviceの略で、ここでもモビリティが使われています。これは、様々な移動の手段・サービスを統合してルート検索・予約・決済などをスマホなどで手軽に行なうことが期待されているものです。MMもMobility Managementですから,ここでもモビリティが登場しています。
モビリティを日本語に訳すと「移動」「移動性」あるいは「動きやすさ」となります。「Mobility」の文字から最後の「-ity」を取り除くと「mobile」=モバイルとなり、私たちに馴染み深い言葉になります。
こうしたモビリティという言葉が多用されるようになってきたのは、その意味の中に単なる移動や交通だけでなく、「移動によって得ることができる多様な可能性」を含んでいるからだと思います。
なお、「超小型モビリティ」等のように、移動手段・移動の道具についてもモビリティという言葉が使われることがありますが、ここでは移動手段の意味までは含まずにモビリティについて考えたいと思います。
超小型モビリティについては「トリセツ」でも解説していますので、こちらをご覧ください。
2.「交通」とは何が違うのだろうか?
人々が通勤や買物のために移動を行なう場合、交通もモビリティも大きな違いはないと思います。
では、あえて交通という言葉とモビリティとを使い分けるのはなぜでしょうか?
交通=transportについて、少し考えてみたいと思います。
これまでの交通工学や交通計画などでは、交通需要には2種類のものがあり、1つが本源的需要であり、もう1つが派生的需要であるとされてきました。
本源的需要は散歩や船でのクルーズ、観光地での人力車など交通すること自体を目的とする需要のことです。
一方、派生的需要は何かの目的を達成するために行われる空間移動のことだとされています。通勤は仕事を行なうことを目的として実行されるものですから、この交通は派生的需要になります。実際に多くの交通は派生的需要にあたります。だから「交通は目的を達成するための手段だ」といわれることになります。
交通が目的を達成するための手段=派生的需要だとすると、交通に求められることは、安全で安心・快適に空間的な距離を克服ことになります。そして距離の克服について派生的需要である交通に求められることは、目的とする活動をスムーズに行なうために、移動の時間を短く、あるいは費用を安く、ということになります。
実際にこれまでの交通計画や交通政策では、交通を行う条件が同じなら必要となる時間や費用を小さくすることが望ましいという前提で計画や事業が取り組まれてきました。
3.モビリティとは
さて、モビリティは交通で求められる時間や費用の最小化だけでなく、例えば友人と一緒に行動するために少し離れた駅から鉄道で移動する、美味しい魚を買うためにちょっと遠いお店に出かける、今日はお天気が良いので地下鉄ではなく景色がよく見えるバスで行く等。個人の移動への多様な希望についても意義があると考え、そうした移動についても支える仕組みを考えるものです。すなわち、移動について多様な選択肢を提示することで、移動そのものに価値を見いだすことを期待するものです。
例えば、自動車を自由に使うことができない人たち(自動車中心型の地域でも2~3割は自由に自動車を利用できない人たちが存在します)が、外出を諦めて潜在化していた活動ついても、移動手段を提供することで活動の顕在化を促すこともモビリティの仕組みづくりと言えると思います。
さらに、自分では自動車を運転することができない人たちである子供や高齢の親、それに駅まで通勤する配偶者などを送迎を行なう人たちに対して、送迎の負荷を軽減するために移動手段の仕組みづくりを行うこともモビリティを支える取り組みだと考えられます。
この様にモビリティを充実することで関わり合いのある分野として、教育・文化、産業・雇用、医療・健康・福祉、防災、行政サービス、賑わいづくり、まちの魅力化、地域コミュニティの形成、日常生活の充実などの様々なものが考えられます。
4.モビリティの視点から地域を考えよう
移動することは人間の本質的な活動です。移動することで生活を支えるだけでなく、愛情の確認や自分の存在価値を把握することが可能となります。
我が国が直面する人口減少社会においてこそ、ここで述べた人々の自由な移動であるモビリティを支える仕組みを構築することで、人々の活動の枠組みを拡げ、地域において安心して暮らすことが可能となります。
地域にふさわしいモビリティの仕組みづくりは、その地域でどんな暮らし方をするのかと深くつながっているように考えられます。
このようなモビリティに関する取り組みを推進するためには、これを充実することで得られる社会的な効果を多様な分野で指標化していく取り組みも必要となります。
モビリティ=「移動によって得ることができる多様な可能性」という視点で、これからの政策や地域づくりに取り組むことが期待されています。