バス・鉄道の現状では収支が厳しいため、いつも「利用促進」の話題が出てきます。様々なアイデアを出すことで取組を進めたいと思います。アドバイスをお願いします。
いきなりアイデアを出し合う前に、対象となる公共交通の現在の利用者の特性などを把握して、どこに注目するのかを考えましょう。
エピソード1:アイデアが勝負?
某市の地域公共交通活性化協議会で。
市長さんから「これからは人口減少になるので、公共交通利用者も減少する。だから市外から観光客を集めることやイベントによって、利用促進をすることを中心のテーマにするべきだ。そのためのアイデアがほしい…」。
1.人口減少だから…という意見に対して
こうした意見は、某市長さん以外からも多く聴くことがあるかと思います。人口減少は確かに、その通りです。ただこうした一般的な傾向が、対象とする公共交通でも同じなのでしょうか?
この某市の公共交通の交通手段別分担率(外出をする際に利用する交通手段の利用割合)は5%程度です。分担率が50%を超えている場合は、人口減少などの影響を大きく受けることになります。しかし5%程度だと、人口減少の影響をモロに受けることよりも、実はまだまだ取りこぼしている人たちがいる可能性があります。
公共交通のサービス水準を向上することで、こうした取りこぼしている人たちに公共交通の利用をしていただく可能性がありそうです。
実際にコロナ禍前のことですが、様々な工夫(サービスの向上ですね)を行って利用者数を増やしている(これが利用促進ですね)事業者が多くありました。コロナ収束後のことは、まだわかりませんが、まずは利用の現状から利用促進を働きかける対象者の選定を行い、どうすれば利用者を増やすことができるのかを考えることが重要だと思います。
そして、地域に適切な公共交通サービスをデザインすることは利用者を増やすだけでなく、市民が安心して居住できる地域という共通認識を得ることで人口の定着を推進する可能性がでてきます。
2.観光やイベントで利用促進…という意見に対して
確かに強力なインパクトがある観光施設や観光地を持つ地域においては、こうした施設などへのアクセス方法として公共交通が持つ意味は重要だと思います。
また、観光利用の増加を図るべきことに全く異論はありません。ただ、観光やイベントで利用促進を考える前に現状をしっかり把握しておくことが望ましいと思います。
沿線に突出した観光施設などがなく住宅や業務系施設が立地する、いわば普通の沿線の場合における公共交通利用者の実態を確認したいと思います。ここでは、例として滋賀県内に路線を持つ近江鉄道の利用者を通勤定期、通学定期、定期券外の3分類をして利用の実態を確認してみましょう(図-1)。
図-1 近江鉄道利用者の券種別の内訳1)
なんと通勤と通学を合わせた定期券の利用者割合が72%になります。
仮に通勤や通学の定期券利用者が減少すると、鉄道事業に大きな打撃を被ることがわかります。なお、近江鉄道の場合、定期券を持つ人は一ヶ月に30往復利用しているとカウントされているので、実際の利用者数を特定するともっと少ない人数になることには注意が必要です。
また、定期外の28%の利用者には、観光だけでなく、通院・買物・業務・友人との外出など日常生活を支える多様な目的の利用が含まれています。
観光やイベントに注目することで定期外の利用を増やすということは、全体の利用の中でどのくらいの割合を占めることになるのかを想定しておくことが重要なことになります。ただ、定期券の利用者の客単価は当然割引があるので、定期外よりも安価であることにも注意が必要になります。
もちろん、図-1とは異なり観光利用者の割合が多い路線などでは、観光に係わる人員や予算をしっかりと投入して利用促進を行うことが重要であることは言うまでもありません。
3.利用促進の対象の考え方
もう少し定期券の利用者と定期外の利用者に関する話をしたいと思います。
利用促進を進める際に、どんな人に働きかけると良いのでしょうか?
利用促進に係わることができる担当者の人数も、投入できる費用も限定されている場合が多いわけですから、利用促進を効果的に進める必要があります。
そこで、定期券利用者と定期外の観光客を想定して、利用促進に関する効果を考えた資料があります(図-2)。
図-2 利用増・増収を図るために、今なすべきこと2)
図-2では、通勤定期、通学定期、定期外の観光客をそれぞれ10人増やすと、その効果は1年間~10年間でどれ位になるのかを想定したものです。ここでは観光客は5年に1度程度のリピート利用を想定しています。
定期券の場合は通気・通学ともに10人の増加は、月に30往復分のカウントとなり、1年間だと7,200人分の利用に相当することがわかります。これはかなりの数字になります。
定期外の観光客は10人の増加は往復で20人に相当します。1年間に何度かのリピートがないと20人の利用のままということになります。
粗い計算ですが、通勤や通学の利用が主な路線については、定期券利用者を増やすことで、収支の基礎になるところをしっかりと固めることが重要となります。もちろん、コミュニティバスなどで通勤・通学時間帯の運行を想定していない場合は、こうした考え方とは異なることになります。
利用促進のために、多様な人々に集まってもらってワークショップなどで、利用促進のアイデアを出し合うことも多く行われています。新規性のあるアイデアも重要ですが、まずは、対象とする公共交通において、どんな利用者をどのようにして増やすのかについて知恵を出し合うのことについてしっかりと認識しておくことが重要です。
定期券を持つ人々に対する利用促進策については、通勤定期だと沿線の企業とのコミュニケーションを通して、どうすれば通勤定期券の利用者が増えるのかを把握することが重要になります。通常は定期手当は企業が負担をしますから、企業の意向把握は不可欠なものになります。
通学定期については、学校へのヒアリングなどとともに、中学から高校への進学の際に通学手段を考える場合があります。この時に当該公共交通が通学手段として使えることを周知するとともに、交通費を負担する親にも、定期券利用の有利さを伝えることが重要となります。
さらに定期券の販売の方法も、工夫する必要があります。月初めに現金を持って長蛇の列をつくって窓口で定期券の購入をしないといけない、というだけで購入意欲が減退する人たちもいます。
ネット販売など、できるだけ定期券を持つためのハードルを下げる工夫が必要となります。
エピソード2:公共交通は高齢者のもの…?
これもある会議で某市長さんからのご発言。
「公共交通政策をブレないものにするためには、対象を高齢者と定めることを確認したい」というご発言がありました。
1.いやいや高校生も
確かに高齢者の移動を支えることは極めて重要なことですが、公共交通を使う人たちは高齢者だけでしょうか?
図-3は佐賀県の「地域公共交通計画」から抜粋してきたものです。
図-3 通勤・通学時の利用交通手段の構成3)
これより通勤(左の図)では、圧倒的に自動車(80.6%)で、鉄道と乗合バスをあわせても4.7%しかありません。ほとんどの人々が通勤では自動車を使っていることがわかります。
それに対して通学(右の図)では、鉄道・電車が28.7%、乗合バスで6.7%です。通学する人たちの1/3以上の人たちが鉄道・バスを使って通学していることがわかります。中学生までは、徒歩などが多いと思いますから、公共交通で通学をする人たちは高校生が主な人たちだと想定できます。
鉄道・バスは高齢者のためのものだけでなく、通学をする学生・生徒の皆さんにとって無くてはならないものなのです。
もし、鉄道・バスの路線がなくなったり、通学する時間帯で減便などがあると、通学することが困難になり、家族等から学校まで送迎をしてもらうことが必要となりそうです。あるいは、進学を希望する学校への通学が困難だとすると、通学できる地域への下宿や転居をすることになります。こうした通学が困難になる状況を、少し長い目で見ると人口流出の契機にもなりそうです。
2.利用促進と定期券利用者
今回は、利用促進を考える場合に、対象とする鉄道・バスの使われ方を充分に考えたうえで誰を対象とするのか、についてエピソードを基に紹介をさせていただきました。
また、観光やイベントが効果的な役割を発揮する路線も、当然あります。さらに定期券利用者だけではなく、日常的な買物や通院、愉しみの活動などを行うために公共交通を使う人達も重要な利用者です。こうした人達が使いやすい公共交通にしていくことも重要になります。
次回は、利用促進と一言で言っても、様々な取り組みがあることについて紹介をしたいと思います。
参考資料
1)近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会:「第9回近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会資料」、2022年3月29日
2)同上
3)佐賀県:地域公共交通計画:
https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00384183/3_84183_238157_up_hj0qsu2j.pdf(2022年3月閲覧)