基幹バス研究会(担当:福本雅之)
基幹バス導入までの年表
名古屋市において基幹バスが導入されるまでの経緯を年表形式でまず整理しておきましょう。
| 1970.9 | 「豊田市新総合計画」公表、市民高速ライン構想 |
| 1976. | 「豊田市総合交通体系に関する調査研究報告書」公表、「PMT-X」と市民高速ラインからなる交通体系整備の方針 |
| 1977. | 「PMT-X」と市民高速ラインからなる交通体系は整備費と運営赤字が見込まれるとの結論→構想頓挫 |
| 1977.8 | 「名古屋市総合交通計画研究会」設置 |
| 1979.5 | 「名古屋市総合交通計画研究報告書」公表(事務局:総務局) ・基幹バス構想6路線(楠町線、志段味線、富田町線、金城ふ頭線、南陽町線、山手通線)を選定 |
| 「名古屋市総合交通計画懇談会」開催 | |
| 1980.4 | 「名古屋市基幹バス調査委員会」設置 |
| 1980.7 | 「名古屋市バス路線総合整備計画協議会」設置(事務局:計画局) ・基幹バス構想6路線に加え、現行バス路線で幹線機能を担っており、広幅員道路を走行する路線7路線を追加(後に基幹バス路線として実現する新出来町線、東郊線が追加) |
| 1981.2 | 基幹バスモデル運行検討対象路線を3路線(新出来町線、東郊線、山手通線)選定 |
| 1981.6 | 昭和56年度に東郊線(路側走行方式モデル)で、昭和57年度以降に新出来町線(中央走行方式モデル)で基幹バスの運行実施が決定 |
| 1981.8 | 東郊線地元説明会議 |
| 1981.12 | 東郊線工事着手 |
| 1982.1 | 東郊線基幹バス運行計画、車両公表 |
| 1982.2 | 基幹バス愛称募集。愛称「ミッキー」に決定 |
| 1982.3 | 東郊線基幹バス運行開始 |
| 1982.8 | 新出来町線の運行システム整備計画の基本方針案を決定 |
| 1983.11 | 新出来町線の運行システム整備計画案の決定及び地元説明開始 |
| 1984.10 | 新出来町線工事着手 |
| 1985.4 | 新出来町線運行開始 |
| 1988.2 | 「名古屋市を中心とした基幹的公共交通網のあり方とその整備方策について」答申 基幹バス構想に、東郊線(整備済)、新出来町線(整備済)、南陽町線に加え、新たに外環状線、島田線が追加 楠町線、志段味線、山手通線、富田町線、金城ふ頭線の5路線は鉄軌道系により対応することとし、基幹バス整備対象から取り下げ |
| 1988.10 | 引山交通広場完成 |
年表からわかるように、1970年代後半から1980年代半ばにかけて、名古屋市において基幹バスの構想が具体化していきました。では、なぜ名古屋市では基幹バスの導入が検討されるようになったのでしょうか?
当時の名古屋市の路線バスを取り巻く環境
1970年代、名古屋市においては、モータリゼーションの進展により市バスの経営効率の悪化が問題となっていました。これは単に自家用車に利用者を奪われたのみならず、自動車交通量の増加によって走行環境が悪化し、バスの運行効率が低下したことも大きく影響していました。
名古屋の市バスの表定速度(走行・停車を含めた運行中の速度の平均)は、16.7km/h(1961年度)から12.8km/h(1978年度)へと低下し、これによってバス車両1両あたりの1日運転キロ数は146km(1961年度)から90km(1973年度)へと40%減少しました。このことは、同じサービスを維持するためには車両と乗務員を40%増やす必要があることを意味し、運行効率低下の大きな原因となりました。
一方で、路線バスの運行所要時分の約30%が信号停車および渋滞停車であることも1982年の調査で明らかとなりました。
バスの速度低下は利用者の逸走を招きます。1978年に名古屋市民を対象として行われた意識調査では、路線バスに対する主な不満として、①速度が遅い、②定時性がない、③乗り心地が悪いの3点に集約され、このうち、①②は自動車との混合交通が原因であることから、路線バスが優先して走行できる環境の整備が必要との結論に達しました。
基幹バスの提案
1979年、学識経験者と名古屋市関係部局職員で構成される「名古屋市総合交通計画研究会」は、基幹バスシステムの構想を提案します。その基本的な考え方は
- ①道路中央部に専用車線を確保し、乗降は専用車線に沿って設けられた島式停留所で行う
- ②専用優先信号機、停留所間隔800~1,000m程度とし、表定速度25km/hを目標とする
- ③大型・多扉・低床車両の開発、座席定員の増加、将来は動力として電気式をも考慮する
- ④地下鉄との連絡は物理的抵抗、料金面の抵抗を最小限にする
という4つであり、導入すべき路線として、
- ①地下鉄の計画路線に当分の間その代替機関として整備するもの
- ②地下鉄の計画はないが、基幹的輸送機関の必要な地域に整備するもの
という2種類を示し、具体的に6路線(楠町線、志段味線、富田町線、金城ふ頭線、南陽町線、山手通線)を提案しました。
基幹バス東郊線の整備
上記の提案を踏まえ、名古屋市では1980年4月に学識経験者と関係行政機関からなる「名古屋市基幹バス調査委員会」を設置し、路側走行方式のモデル路線として基幹バス東郊線(栄~星崎間 10.5km)を整備し、1982年3月に運行開始します。
東郊線が整備第一号とされた理由としては、
- ①南部の住宅地と都心を結び、途中で多くの鉄道駅に連絡するため整備効果が高い
- ②バス需要が多く、マイカーからの転換で採算の確保が期待できる
- ③道路幅員が全区間に渡って40m以上、6車線以上が確保可能
- ④路線両端にバスターミナルの設置が可能
- ⑤並行道路が多く、都市高速道路も存在するため自動車交通に与える影響が軽微
といったことが挙げられています。
一方で、東郊線では道路中央に都市高速道路の橋脚が存在することと、中央走行方式の実現に向けた検討が間に合わないことから中央走行方式の導入は見送られ、バスレーンは路側方式となりました。バスレーン整備区間は円上~星崎間の6.75kmで、朝ラッシュ時2時間のみが専用レーンになるという運用とされ、表定速度向上を目的としてバス停間隔を広げるため急行運転(24停留所中15停留所に停車)を行う形で運行が開始されました。これは、基幹バス本来の構想とは異なる内容でしたが、それでも専用走行空間の確保が奏功し、バスの表定速度は整備前の13.0km/hから17.0km/hへと大幅な向上が実現しました。
基幹バス新出来町線の整備
基幹バス東郊線は、路側走行方式であり、朝ラッシュ時のみの専用レーン運用であったにも関わらず、バスレーンと急行運転(バス停間隔の拡大)の効果が表定速度の向上に大きく寄与することが示され、基幹バスの導入がバス事業の収支改善につながるという予測結果も得られました。
しかし、マイカーからの利用転換が少ないことや、地下鉄の代替という観点からは表定速度のさらなる向上を目指すべきこと、そのためにはバスレーンへ進入する車両の影響を排除する必要があることなどの課題も明らかとなりました。
これらの課題を解消すべく、中央走行方式を主軸に据えた基幹バス構想本来の姿での路線整備が求められ、1985年に基幹バス新出来町線(栄~引山間10.36km)が運行を開始しました。
新出来町線は10.36kmのうち、9.4kmを中央走行方式として、朝夕各2時間をバス専用レーン、その他時間帯をバス優先レーンとする運用としました。バスレーンであることをアピールするため、全区間をカラー舗装化しています。中央走行区間のバス停は島式のシェルター付きのものを交差点手前に整備しました。新出来町線は市バスだけでなく名鉄バスも運行していたため、両者で運行することとして、定期券・回数券の共通乗車制度を導入しました。
新出来町線の整備により、利用者数は当初の予測を上回る増加となったほか、整備の主目的であった表定速度の向上は目標の20km/hにほぼ到達する効果が得られ、特に都心方向については大幅な向上となりました。
基幹バス新出来町線整備以後
その後、名古屋市では新たな基幹バス路線は実現していません。基幹バス構想にあったいくつかの路線は、地下鉄などの軌道系交通機関として整備されましたが、現在に至るも、基幹バスとして運行されているのは基幹1号東郊線と基幹2号新出来町線のみです。
また、日本国内に目を向けても、名古屋市と同時期に基幹バスの導入構想を打ち出していた都市はいくつかありましたが、そのいずれもが基幹バスの導入には至りませんでした。
しかし、基幹バスは今もなお名古屋市の公共交通の幹線として多くの利用者に利用されています。こうした「継続する力」については評価する必要があるでしょう。
基幹バスが40年以上にわたって継続できるシステムとなった理由として、基幹バスは特殊な専用車両や新しい大規模なインフラ、専用の運行システムを導入したわけではなく、一般的なバス車両と専用レーンという既存の道路インフラに少し手を入れたものの組み合わせでできていることがポイントであると考えられます。名古屋市バスだけでなく、名鉄バスが乗り入れ可能となっているのも同じ理由からです。
では、なぜ名古屋市で基幹バスという構想が生まれ、実現できたのか。そしてその後の広がりを見せなかったのか、については稿を改めたいと思います。
参考文献
- 杉野尚夫:名古屋市におけるバス輸送システムの改善策―基幹バスとガイドウェイバスについて―,土木計画学研究・論文集,No.15,pp.639-646,1998.
- 名古屋市総合交通計画研究会:名古屋市総合交通計画調査研究報告書,名古屋市,1979.
- 名古屋市交通局:基幹バス~新しい公共交通システムをめざして~,1982.
- 名古屋市:基幹バス東郊線運行効果測定調査報告書,1983.

