基幹バス研究会(担当:福本雅之)
企画趣旨
名古屋市で運行されている「基幹バス」の基幹2号系統が、今年(2025年)に運行開始40年を迎えます。公共交通のトリセツでは、この節目に基幹バスについて取り上げる記事を短期集中連載でお送りします。
公共交通のトリセツ編集会議では有志で数年前から「基幹バス研究会」を開催し、基幹バスの概要や特徴、歴史について文献調査だけでなく、基幹バスの整備に直接関わった方々へのインタビューを通じて、基幹バスが生まれた背景や意義についての勉強を重ねてきました。
これらの成果について、基幹バス40年の節目に公共交通のトリセツの場を借りてお伝えできればと思います。この中では、基幹バスの歴史を振り返るだけではなく、都市交通システムとしての基幹バスの特長や、諸外国のBRTとの比較もできればと考えています。基幹バスについて言及されるとき「名古屋だからできたんだ」と言われることがしばしばあります。しかし、本当にそうでしょうか? 文献調査やインタビューを行う中で、他の都市にも展開できる可能性はあると思いましたし、また、基幹バスという形ではなく、その形に至ったプロセスから学ぶべきことも多くあると思いました。特に、基幹バスが検討されていた当時、BRTの導入が目的とされていたわけではなく、名古屋市をはじめとする当時の日本の諸都市が抱えていた都市交通問題を解決する方法として、基幹バスという形が導き出されたことがインタビューによって明らかになりました。
この連載では、そうしたことについてもお伝えできればと考えています。第1回目は、都市交通システムとしての基幹バスの特徴について書こうと思います。
第1回 都市交通システムとしての基幹バスの特徴

1.名古屋の基幹バスの特徴
名古屋市の基幹バス(基幹2号系統)の最大の特徴は、道路中央部にバスレーンが整備されていることです(図-1)。一般的なバスレーンは、道路の一番外側の車線に設置されます。外側の車線は、歩道からのアクセスがしやすいというメリットがありますが、車両の走行環境という意味では、左折車や駐停車車両の影響を受けやすく、走行速度が低下しがちであるというデメリットがあります。
一方、道路中央の車線は沿道の駐停車車両の影響を受けないために走行速度が速いというメリットがあります。一方で、右折車と錯綜することや、バス停をどう設置するかという点に課題があります。
基幹バスの場合、基幹バスレーン(直進車線)の左側に一般車の右折車線を設置した上で、矢印信号による制御を行うことで右折車との錯綜を防いでいます。バス停については、路面電車の停留所のように、一般車線とバスレーンの間に設けた中央島に設置されています(図-2)。

基幹バスは中央走行方式を採用したことによって、車両の表定速度を他のバス路線に比べて大幅に向上させることに成功しています。
一方で、中央走行方式バスレーンに対しては、交差点部でS字カーブとなって対向車線にはみ出して事故を起こしそうであるとか、一般車両の右折車線の右側に直進バスレーンが位置することから車線がわかりにくいという批判がしばしばなされます(図-3)。実際に、過去には衝突事故がしばしば発生しています。

交差点部の危険性については、名古屋の場合、既存の道路空間に後からバスレーンを整備したため、現在のような道路構造(図-3)となってしまったという経緯に原因が求められそうです。仮に、道路計画の段階からバスレーンの導入を前提とした幅員を確保することができれば、あるいは、既存の道路空間にバスレーンを追加する場合であっても、用地を充分に確保することができれば、こうした問題は生じなかったと言えます。実際に、ブラジルのクリチバ市のように、一般車を物理的に分離した上で、速度規制を行い、さらに交差点部でも一般車線と錯綜することがないように中央走行バスレーンを整備している事例は多くあります(図-4)。したがって、中央走行方式バスレーン=危険という風には一概に言えないのではないでしょうか。

余談ですが、バスの専用走行空間を確保するという意味では、中央走行方式でも、路側走行方式でも変わらないはずです。しかし、先にも述べたように、路側走行方式では左折車や駐停車車両の影響を受けやすいという欠点があります。
こうした路側バスレーンの欠点を解消する方法として、路側から1つ中央寄りの車線である第2車線を走行する第2車線走行方式のバスレーンを整備している例があります。最も大規模に導入している例として、大阪市の大正通(図-5)がありますので紹介しておきます。

次に名古屋市の基幹バスの特色について考えてみたいと思います。
2.基幹バスの整備目的は都市内道路の交通容量を上げること
バスレーンを設置することによって、一般車線が減少すると、道路の交通容量が減少し、渋滞がひどくなるという批判がなされることがあります。
道路1車線で1時間あたりに処理できる車両台数は2,200pcuとされています(出典:道路の交通容量)。pcuとはpassenger car unitの略で、当該道路を乗用車のみが通行したとした場合、何台の車両が通行できるかを表す単位です。つまり、道路1車線は1時間あたり2,200台の乗用車が通行できるということになります。ただし、現実には大型車なども混在しますし、この容量には信号や交差点の存在が考慮されていませんから、実際の交通容量はもっと少ないことになります。しかし細かな仮定を置いてもキリがないため、ここでは1車線あたり2,200台/時の乗用車が通行するだけの交通容量を持っているとして検討を進めましょう(ここでの試算はおおよそのオーダーを知ることが目的であり、詳細な設計をしているわけではありません)。
さて、都市内の自動車の平均乗車人数は1.3人程度と言われています(出典:国土交通省)。このため、道路1車線で1時間あたりに自動車が運べる人数は2,200×1.3=2,860人が最大値ということになります。仮に道路1車線を減らそうとすると、2,860人を何らかの交通手段で運ぶことができなければ、その道路はパンクしてしまうことになります。
では、この2,860人/時をバスで運ぶとすれば、何便バスを走らせたら良いでしょうか。大型バスの定員は80人程度ですから、2,860÷80=33.5便ということになります。
つまり、1時間あたり約30便のバスを走らせて、自家用車の利用者に乗り換えてもらうことができれば、道路1車線をバスレーンにしたとしても、その道路の交通容量は下がらないことになります。
実際、名古屋市の基幹バスでは朝のピーク時に34便のバスが運行されていますから、1車線分の交通容量をフルに受け持つだけの輸送力を提供していると言えます。
基幹バスは単に路線バスの定時性、速達性を高めるといった交通政策のみを目的として導入されたのではなく、都市内の交通容量を高めるという都市交通政策の中で導入された交通機関であると言えます。
3.特殊な技術を使っていないこと
基幹バスは中央走行方式であるという点を除けば、ただの路線バスです。車両も通常のバス車両ですし、バス停などにも特殊な技術は使われていません。
一方、同じ名古屋市内で運行されているガイドウェイバス(図-6)は、バスレーンか高架区間かという違いはあるにせよ、一般車両の影響を受けない専用走行空間を持つという意味では基幹バスと同じ特徴を持ちます。

しかし、ガイドウェイ区間を走行するための特殊な案内輪(図-7)を持つことや、適用される法規が鉄道車両と同じであるため、見た目は普通のバスであっても特注の専用車両が用いられています。

国内で他にガイドウェイバスの導入事例が存在しないため、この車両を作る技術がメーカーの中で継承されず後継車両を製造することが困難なため、次の車両更新の段階では自動運転技術を用いた別の手法をとらざるを得なくなっています(出典:名古屋市住宅都市局)。
鉄道と路線バスの中間の輸送力を持つ「中量輸送機関」と言われる領域の交通機関として、モノレール、新交通システム(AGT:Automated Guideway Transit)、HSST(Hi Speed Surface Transport)、ガイドウェイバス、スカイレールなどさまざまなものが開発されてきました。これらの交通機関はいずれも、高度経済成長期に地下鉄を持たない都市において深刻化した渋滞解消を目的として、既存の都市空間の中に、鉄軌道(具体的には地下鉄)に近い輸送力を持つ公共交通機関を、地下鉄よりも安価に整備することを目指して開発されたものです。
しかしながら、近年、建設・供用開始から20年ほどで訪れる車両や施設の更新が困難となって、存続を断念するものが見られるようになってきました。

2006年に廃止となった愛知県小牧市の桃花台新交通や、2024年に廃止となった広島県広島市のスカイレールがその例です。
確かに中量輸送機関は、鉄軌道よりも狭い空間で整備できることから、建設・整備にかかる費用は安いのですが、その採用数が少ないことから車両やシステムがオーダーメイドの特殊なものなり、製造にかかる費用が高くなってしまいがちですし、各地に普及していなければ継続的な受注・生産がなされないためにメーカー内で技術継承がされず、後継インフラ・車両の製造が不可能となる場合もあります。鉄軌道やバスでも、鳴り物入りで導入された海外製の低床路面電車や連節バスといった特殊な車両のメンテナンスが難しく、対応に苦慮されている事例も見られます。
この点、鉄道は建設・整備にかかる費用は膨大であるものの、その機器や車両は各地に普及している技術を活用することができます(場合によっては、中古機器の導入も可能)。通常のバスに至っては、市販の車両を購入しさえすれば運行が可能です。
名古屋市の基幹バスは、中央走行バスレーンという点では確かに日本で唯一無二の存在ではありますが、そこで使われている技術は通常の路線バスの運行システムとなんら変わらず、車両も通常の路線バスと同じものですから、導入から40年経っても安定した運行がなされています。
このことは、BRTが開発途上国で多く導入されていることとも通底しています。つまり、整備や運用に特殊な技術が必要な場合、開発途上国ではインフラ維持や車両メンテナンスが充分にできなかったり、運用コストが増大してしまうことが懸念されます。この点、BRTは汎用性の高い車両を用いながら、道路設計や信号制御、車両・人員の運用の工夫によってコストを抑えつつ持続可能な形で輸送量を増加する交通システムを実現している訳です。
都市内の交通機関を整備するに当たっては、導入時だけでなく、運用時や更新時のことも考慮してシステム選定を行う必要があるということを、基幹バスやBRTの例は教えてくれます。
今回は基幹バスの特徴について、都市交通システムの観点からまとめてみました。次回以降では、基幹バスが導入に至った背景や苦心惨憺という表現がピッタリする導入の検討の経過、現代の交通政策が学ぶべき教訓などについて書いていこうと思います。
参考文献
- 日本道路協会:道路の交通容量,1984.
- 国土交通省道路局企画課:令和3年度 全国道路・街路交通情勢調査 自動車起終点調査(OD調査)結果の概要について,https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001714560.pdf(2025/4/16閲覧)
- 名古屋市住宅都市局:ガイドウェイバス志段味線(ゆとりーとライン)への自動運転技術の導入検討,https://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/page/0000170918.html(2025/4/16閲覧)