土井 勉(一般社団法人グローカル交流推進機構)
どこの「地域公共交通計画」でも人口の将来推計の図があり、今後の減少が記載されています。この推計で人口の高齢化も触れていますが、昼間人口について触れられている計画は観たことがありませんが…
公共交通の利用者が減少し、主な利用者が高齢者だということだけに着目しすぎて、重要な利用者を見落としている可能性があります。
そもそも昼間人口って?
昼間人口とは、元々その地域に居住している人口(夜間人口)に対して、他の地域から通勤してくる流入人口を加え、逆に他の地域に通勤する流出人口を引いた人口をいいます。これに対して夜間人口はこれらの流出入を考慮せず居住している人口のことです。
また、昼間人口を考える時の流出入は通勤・通学の移動を踏まえたもので、例えば昼間に通院や買物などの移動は考慮されていないところには注意が必要です。
夜間人口中心の発想で公共交通の未来を語ることができるのだろうか?
どこの「地域公共交通計画」でも、必ず夜間人口の現在に至る推移と、将来の推計値が掲載されています。
そして、ここから夜間人口は減少するし、高齢化が一層進捗すると説明されているものが多くあります。これは夜間人口が減少すると、公共交通に利用者も減少する。そして公共交通は高齢者の移動を支えるものだ、という固定観念を暗黙のうちに強化するものになっています。
だから、公共交通の利用促進のためには、交流人口が重要だ、ということで観光やイベントに邁進する自治体も少なくありません。
しかし、その発想だけで地域公共交通に未来はあるのでしょうか?
夜間人口が減少すると、公共交通の利用者も減少する。頼みの高齢者も次第に動くことができない人が増えてくると、ますます公共交通の利用者が減少する…ということになりそうです。これでは公共交通の未来は真っ暗です。
それに対して、夜間人口が減少しても公共交通の利用者が増加した地域もあることをヒントに昼間人口の重要性について考えてみたいと思います。
■参考資料:交通の利用促進に取り組むためにーその4:人口減少/自動車型社会でも公共交通の利用が増加した事例
昼間人口にもっと光を当てよう
夜間人口が減少するから公共交通の先はない、だから観光などの交流人口を増やすという意見も少なくありません。これだけが公共交通を持続可能なものにするために不可欠なものでしょうか。そして、交流人口を増やすことはそう簡単なことでもありません。
もっと身近に公共交通を利用する可能性がある人たちに目を向けましょう。
例えば、通勤・通学の定期券利用者です。
定期券の利用者が1名増加すると、1年間でなんと720回の利用に相当します。
簡単な計算ですが:1名が一ヶ月に30日、往復で公共交通を利用すると、1人✕2回(往復)✕30日=60回/月になります。年間だと60✕12ヶ月=720回/年になるというわけです。イベントや観光で700人以上を集めることは結構大変ですから、1名の定期券利用者の増加のインパクトがわかると思います。
■参考資料:公共交通の利用促進に取り組むために その1:定期券利用者の重要性
産業の立地で通勤者数が決まり、学校の立地で通学者数が決まりますが、その現状について把握することで、公共交通の利用促進を図ることができる可能性があります。
ここでは、そうした事例を3つ紹介したいと思います。
昼間人口に注目することで公共交通の利用者数が増えた実例
近江鉄道の場合
近江鉄道は滋賀県内東部の10市町を沿線に持つ総延長約60kmの鉄道です。
1967年に旅客輸送人員が1,126万人となり、以降は減少の一途となっています(図-1)。
図-1 近江鉄道の年間乗車人員の推移(資料;近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会)
この図-1を眺めていると利用者数(乗車人員)は減少しているという印象が強烈です。しかし、もう少しデータを細かく観ていくと、表-1のようになっています。
表-1 近江鉄道の定期・定期外別の年間乗車人員
近江鉄道の資料をもとに土井作成
これより、利用者数が底だった2002年に較べて年間の利用者数(乗車人員数)が107万人も増加していることがわかります。この増加のうち84万人が通勤定期券の利用者です。それには理由があり、フジテック前駅(2006年3月開業)、スクリーン駅(2008年3月開業)など、沿線に立地する企業に近江鉄道が使いやすくなるような仕組みを提供したことも影響を及ぼしています。実は駅の新設だけでなく、企業の方も近江鉄道の運行に合わせて就業規則(業務開始時刻など)の変更を行って、鉄道利用を進めていることも企業とのコミュニケーションを行うことでわかってきました。
また、高校生を中心とした通学利用も23万人の増加であり、定期外の増加は0となっています。ここで定期外の人たちを全て観光需要だと考えるとデータの読み間違いになります。平日の午後などに車内を観察すると、定期外の人たちの多くは沿線の企業との打合せなど業務系の人々で、そこに混ざって観光目的の人たちが存在している状況です。
したがって、近江鉄道線の活性化の取り組みについては、沿線の企業や高校との連携を図っていくことが重要であることがわかります。そして、その方針を元に近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会では様々な利用促進活動が推進されています。
兵庫県加西市「とこなべ工業団地」バス停留所の場合
兵庫県加西市は内陸工業都市の性格があり、様々な工場群が立地しています。これらの工場への通勤については、当初は自動車が主力だと考えられていました。
図-2 コミュニティバス「ねっぴー号」のバス停留所「とこなべ工業団地」
の乗降者数(単位:人/年):加西市地域公共交通会議資料
ところが、加西市のコミュニティバス「ねっぴー号」の乗降者数のデータを見ていると、増加傾向にあることに気づきました。そこで、バス停ごとの乗降者数のデータをみると、なんと「とこなべ工業団地」の乗降者数が一気に増加していることがわかりました。
これは、バス停付近の工場が規模を拡大して従業員数が増加したこと、外国の労働者の人たちが増加したこと、さらに運転免許を持たない若い人たちが増加したことで、図-2のような増加になったと推測されます。
■参考資料:加西市KASAIねっぴ~号
兵庫県福崎町と姫路市の連携コミュニティバス「ふくひめ号」の場合
福崎町と姫路市で連携して2021年4月から本格運行を開始されたコミュニティバス「ふくひめ号」の沿線には福崎工業団地(福崎町)や溝口ニュータウン(姫路市)があり、これらの地域を結び、人々の移動を支えることでまちの魅力向上を図ることを目的とされています。
そこで、「ふくひめ号」の運行路線やダイヤについても、通勤に便利なようにJR福崎駅や溝口駅と福崎工業団地を結ぶ「通勤便」が朝夕に運行されています。この利用者には特別支援学校の卒業生などの障がい者の人たちも含まれています。
また朝夕の通勤時間帯以外は「連携便」という名称で、地域の人たちの日常生活を支えるために病院や商店を結ぶ運行が行われています。このエリアに住む人だけでなく、働きに来る人たちに対しても使いやすい仕組みが提供されているのです。
こうしたきめ細かい取り組みにより、利用者数はコロナ禍においても増加傾向になっています。
トヨタ・モビリティ基金「地域に合った移動の仕組みづくり」プロジェクト・お困りごとの処方箋
【詳細事例】兵庫県福崎町より
■参考資料:「ふくひめ号」についての詳細な情報;トヨタ・モビリティ基金「地域に合った移動の仕組みづくり」プロジェクト・お困りごとの処方箋【詳細事例】兵庫県福崎町をご覧ください。
昼間人口の人々の移動を支えることは、公共交通を支えるだけでなく地域を支える
夜間人口の減少傾向だけに注目すると、いずれ利用者は減少し地域公共交通は衰退せざるを得ないという固定観念に囚われがちですが、そうした固定観念を打破する取り組みが上記でみたように行われています。
そのキーになるのは、まちで様々な活動を行う昼間人口に注目をすることだということがわかります。企業にとって、従業員の人たちの通勤の足を支えることは、雇用の確保につながります。人手不足を解消するためには、公共交通にきちんと役割を果たしてもらうことが重要です。
また従業員の人たちにとっては、移動の仕組みが形成されることで、就労機会の確保になります。
そして行政や地域にとっては、事業所の稼働の発展や、雇用の安定につながり、地域のポテンシャルの上昇に寄与することになります。
これまで交通事業者も交通政策に取り組んでいる行政も、昼間人口=沿線の企業や学校などとのコミュニケーションに取り組むことで、より望ましい公共交通のあり方を見出す材料を得ることができると考えられます。
これまでの固定観念に引きずられる以外の道を考えていきましょう。