一般社団法人グローカル交流推進機構 土井 勉
過疎地の電車・バスに乗ると、朝は高校生の利用が目立つようです。高校生の通学を支えることは重要なことなのでしょうか?
高校生の通学を支えることは、地域の未来を支えることにつながる重要なことなのです。通学の支え方についても、一緒に考えてみましょう。
高校生の通学を支える意味は
過疎地に行くと体験することの一つに、中学を卒業すると村内に高校がない場合や、希望する高校への通学の足がない場合に、高校入学と同時に下宿をする、あるいは家族で通学に便利な場所に引っ越すという話がよく出てくることです。
こうして高校進学時に、地域から出ていく中学生は、高校を卒業し就職もしくは大学に進学しても、地元に戻ってくることは、あまり無いということです。そして人口減少、過疎化の進展の背景の一つになっています。
さらに、将来お医者さんや弁護士になるような、優秀な子供たちが中学を卒業して域外流出を続けると、こうした地域は「無医村」などになりそうです。日々の生活を安全に、そして安心に営むために必要な仕組みが欠けていくことになります。
したがって、中学を卒業して進学する人たちが、生まれ育った地域から目的とする高校へ自分で通うことが可能な公共交通を提供することは、交通政策だけでなく、地域政策としても重要なものになります。
こうしたことは過疎地に限ったことではありません。都市部においても高校生の通学定期代の負担が大変なことは過疎地と変わりがありません。例えば駅までのバス代が高いので、親がクルマを使って送迎するなどの状況もあります。
公共交通があったとしても、重い定期代の負担
私が関わっている滋賀県の近江鉄道では、その沿線の東近江市で中学生議会が開催されています。
2022年度の中学生議会では、中学一年生の方から「ひとり親家庭の高校生の通学費補助」についての質問が行われました。
この方は東近江市に住み続けて、地域の進学校である彦根東高校、更に大学に進み、将来は建築士になるという希望を持っておられます。しかし、ひとり親家庭であり、通学定期代の年間94,880円の負担が重く、希望する高校への進学を断念せざるを得ない状況だということです。こうした状況にある人達をいかに支えるのか、について説得力ある提案内容と語り口で説明されています。
希望の高校へ通うことができる交通手段があっても、定期代の負担が重くなり、希望を断念せざるを得ない場合も少なくなさそうです。
地域の未来を担う人たちを支えることはできないものでしょうか。
まず、通学定期券について少し確認をしておきたいと思います。
通学定期券とは
通勤定期券も通学定期券も、その導入については様々な経緯があるようです。基本的には、まとまった期間の運賃を先払いすることに対して公共交通事業者が割引をする、ということで導入されていると考えられます(これについても諸説があるようです)。通勤定期券・通学定期券の割引率についても事業者がそれぞれ決めているので、特にルールはないようです。
通勤定期券については、多くは勤務先の企業がなんらかの形で通勤費として従業員に提供しているので、通勤する人自身が全額の負担をすることは少ないと考えられます(ただ、派遣社員などの人たちは状況が異なるようです)。
一方で、通学定期券の負担は行政などからの補助がない場合は全額、利用者の負担となることが多いと考えられます。
先程の事例の近江鉄道の定期券は月に30日の利用(乗車回数は往復で60回)として、価格を決めています。例えば八日市駅~彦根駅の大人の運賃は760円です。この運賃で月に60回の利用をする場合と定期券の価格と割引率をみたものが表-1です。これを見ると、通勤定期券に比べると割引率は大きいものの、半年では通学に10万円近い費用がかかることがわかります。
表-1 近江鉄道(八日市~彦根)の定期券の価格と割引率
通勤定期券・通学定期券の割引は、基本的に各交通事業者が自主的に実施しているものです。ここでみるように、通学定期券については割引の幅が大きくなっています。低廉な運賃によって教育の機会均等を保証するという公共の要素が強いにも関わらず、その割引に対する行政負担はなく、ほとんどを交通事業者が負担しています。
したがって、これ以上の割引を交通事業者に求めることは容易ではありません。
では、誰が通学費の補助を支えるのか
通学定期券の一層の割引をすることで、誰にとって良かったといえることになるのかを考えたいと思います。
①希望の高校に通うことができる高校生(あるいは高校進学を考えている中学生)
②その親も経済的な負担が軽減され、子どもたちの進路についても望ましい選択ができる
③高校にとっても、意欲ある生徒を集めることができる
④地域にとっては、高校選択時に人口流出を抑えることができる
⑤地域社会にとっても、様々な能力を持った人たちを育成することができる
などの効果があるとするならば、行政が通学補助を提供することが望ましいことだと考えられます。将来は、この人達が地元で働くことでまちに活気が生まれ、さらに住民税を納めることになれば、長い目でみると地域に対する「投資」になると思います。
したがって高校生の通学を支えることは、教育分野だけでなく、定住促進、産業政策など多様な行政分野に関わることになり、支え方についても分野横断的に議論をすることが期待されます。
また、通学定期券の購入支援を行うことは、行政から公共交通事業者への支援にもなりそうです。通学支援は回りまわって様々な人々、事業者に多様な効果を及ぼすものと考えられます。
では、一体、通学費の補助はどの程度の金額になるのでしょうか?
ここでは、通学定期を使っている人たちの定期代を無料にするための概算費用を計算してみようと思います。あまりデータも無いので、思い切り大胆な仮定を設定した超概算であることにご注意下さい。
2019年度の「鉄道統計年報」から、先程の事例にした近江鉄道の通学定期の年間輸送人員は1,667千人。通学定期の年間運輸収入は235,061千円。定期券を持つ人は月に60回の利用だと想定すると、年間の通学定期券の単価は101.5千円/人になります。
ここで大胆な仮定ですが、滋賀県内の高校生の1/3が、近江鉄道だけでなくJRやバス等の公共交通を利用して通学定期を使い、その定期代は近江鉄道の平均単価に相当する101.5千円だと仮定します。
滋賀県の統計(2022年5月)によると県内の高校生数は35,372名だということです。この人数の1/3に近江鉄道の平均通学定期代を掛け算すると:
35,372名✕1/3✕101.5千円=約12億円になります。これは滋賀県の2022年度の一般会計6,440億円の0.19%になります。あるいは滋賀県の人口が141万人ですから、幼児から高齢者までの全員で高校生の通学を支えるとすると851円/年という金額になります。これだけの金額があれば、公共交通で通学している高校生の通学費用を無料にすることができそうだ、ということになります。
支援する対象者数を変えるなど、こうした試算の仮定を動かすことで、通学補助に必要となる予算額の目安を考えることができそうです。
簡単なまとめ
高校生の通学支援のあり方について、もう一つ重要な視点があります。
それは、実際に経済的に困窮されているご家庭では、定期券購入費用を前払いすることが困難なケースがあるということです。行政からの支援は、実際に支払ってからの補填になることが多いのですが、そうでなく、定期券購入時に支援ができるような方策についても考える必要があります。
さて、ここでは極めて大胆な仮説を設定して、高校生の通学支援費用を算出しました。この数字自身は信憑性は乏しいと思います。この単価には、バスやJRを使っている人たちの単価は反映されていませんし、定期券を使わないと仮定した2/3の人たちへの何らかのサポートが必要になる可能性もあります。そもそも、県内の高校生の1/3は通学定期券を使うという数字も、確証がないものです。したがって、この数字にあまり意味はありません。
ただ、高校生の通学を支えるということで必要となる費用について、高いと見るのか、意外に価値があるものだということも、様々な状況にある人達によって意見が分かれそうです。
高校生の通学を支えることの意義を含めて、様々な意見を出し合って、地域に必要な政策を構築する一助になればと思います。