乗合バス事業の共同経営について(前編:バスの共同経営と独占禁止法の関係って?)

担当:塩士圭介(日本海コンサルタント)

はじめに

 運輸業界はコロナ禍による人流抑制の波をモロに受け、鉄道や路線バスの経営が厳しい状況に置かれていることは、本サイトをご覧の方にとっては周知のことだと思います。ただ、コロナ禍以前から、とりわけ地方部の鉄道、バスについては長期的な利用者数の減少や燃料価格・人件費の上昇などの影響により、収支モデルとしての成立が難しい状況が続いていたところです。その中において、地域の公共交通を守るための方策として「バス事業の共同経営」という単語が登場し、いくつか事例がでてきています。

 ここで出てくるのがいわゆる「独占禁止法特例法」ですが、何故に乗合バス事業の維持を議論する時に独占禁止法が登場するのか?これまでと何が変わるのか(何ができて、何ができないのか)疑問を持たれる方も多いと思われます。基本的な考え方は国土交通省ホームページに記載がありますが、ここでは少し噛み砕いて、共同経営という概念が出てきた背景と、具体的にできること、その他留意点について、2回にわたって解説します。

 今回の記事は、独占禁止法と乗合バス事業の関係と、これまでも認められてきた事業者同士の連携の例について解説します。

独占禁止法と乗合バスの関係

 同一エリア内に複数の乗合バス事業者が並行して運行している例は多く存在しますが、この場合、路線や運賃が分かりにくくなったり、似たような時間に複数の路線が競合するなど、利便性の点で改善の余地がある事例は、かねてより存在しました。

 例えば広島市においては、平成9~12年にかけて複数バス事業者同士が協議して、過度な競争を整理して市全域における利便性の向上を図ろうとした事例がありました。しかし、下記のとおり公正取引委員会において、バス事業者同士が「運賃・運行回数・路線を調整」することは、独占禁止法の「カルテル」(不当な取引制限)に該当するとの指摘があり、頓挫したことがあります。

事業者間調整の何が問題なのか

 上記のように一見利用者のために行おうとする事業であるにもかかわらず、同じく利用者(消費者)の利益を守るために存在していると思われる独占禁止法においてカルテルの疑いがあると言われても、少し違和感があるかも知れません。この解釈については、過去にも様々な議論がなされていますが、端的に言うと、「事業者間で」運賃や路線等に関する調整を行うことがNGとされています。

 別の商品に置き換えると、ある商品の価格をA社とB社の2社がほぼ寡占している状況下で、A社とB社が相談して「●●円」で売ることを裏で決めてしまえば、それは明らかに市場での競争を阻害するカルテルであると考えられます。それと同じように、乗合バス事業においても、基本的には(道路運送法上の許可を前提として)自由な参入・退出が可能であるにも関わらず、「事業者間で」運賃やサービスを決めてしまうのは、独占禁止法上問題があるとされています。この点、独占禁止法を所管する公正取引委員会の基本的なスタンスは「一般乗合旅客自動車運送事業に係る相談について(平成9年7月:公正取引委員会)」に記載がありますので、参考までにご覧下さい。

共同経営計画がなくても出来ること

 上記のように、事業者間で運賃や路線等に関する調整を行うことは、原則として独占禁止法上問題があるとされてきましたが、一方で乗合バス事業は、一般的な商品とは異なる公共政策的な性格を持つサービスであることから、地方公共団体が複数事業者と個別に調整する(運賃プールを除く。)、各社の運賃・乗車人員に応じて運賃収入を精算する(競争性が確保される場合に限る。)などの場合には一部認められています。(上記公正取引委員会のリンクにも、OKとなる考え方が示されています。)

 OK例1:高速バスの場合

 高速バスの場合、着地が事業者の営業区域から遠隔地にあるため、事業者が単独では運行しにくい場合が多い(例:東京のバス会社が営業エリア外である大阪行き高速バスを、自社単独では参入しにくい)ことを踏まえ、例えば東京・大阪それぞれのバス会社が運賃と運行回数を調整して共同運行することは、独占禁止法上問題にならないとされています。(参考:公正取引委員会・高速バスの共同運行に係る独占禁止法上の考え方について

 OK例2:自治体が複数の事業者と個別に調整する場合 

 地域公共交通活性化再生法の平成26 年改正により、地方公共団体主導で法定協議会を活用した地域公共交通再編実施計画(令和2年改正後は地域公共交通利便増進実施計画)の作成ができるようになりました。この計画の作成に際しては、地方公共団体が個々の事業者との間に立って個別に協議することで、運賃・料金、運行回数又は運行系統の調整を行うことが可能です(運賃プールによる収入調整は不可)。

 カルテルとの違いが分かりにくいですが、「事業者間だけで」運賃や路線等に関する調整を行うことはカルテルですが、「自治体を介した協議」であればOK、とされています。(下図で、自治体⇔A社、自治体⇔B社の協議はOKですが、A社⇔B社の直接協議はNG、ということになります。正直、この考えだと利害が対立する2社間の調整は非常にやりにくいし、何より自治体が非常に苦労されることになります・・・。)

OK例3:運行回数の制限(減少、固定化など)を伴わない運行時刻の複数事業者間の調整

 複数事業者で並行する路線について、運賃や運行回数の調整を行わずに実施される単なるダイヤ調整についてはこれまでも各地で行われています。

 例えば、京都市の阪急桂駅西口バス停において、京阪京都交通バスと京都市交通局(京都市バス)が運行する「桂駅西口→京大桂キャンパス→桂坂中央」においては、2社局合わせて10分間隔となるようにダイヤが調整されていますが、この取組は運賃や運行回数に関する協定(カルテル)を行わずに実施されており、独占禁止法上の問題とはなりません。

 他に、八戸市においては、2社局が調整して等間隔運行の実施などを行っています(下図)。ただ、この際も、運賃や便数について2社が直接協議することはカルテルに該当するという指摘があった模様です。

OK例4:共通乗車券の発行や乗継ぎ割引の設定など(運賃プールは不可)

 共通乗車券や乗り継ぎ割引などにおいて、競争性が確保される(運賃・乗車人員に応じて運賃収入を割賦するなど)場合においては、運賃精算について独占禁止法上の問題はないものとされています。ただし、運行回数や運行距離を勘案した収入調整(運賃プール)は不当な取引制限となり、認められません。

乗合バス事業の「共同経営」という概念が出てきた背景

 前提が長くなってしまいましたが、「乗合バス事業の共同経営」という概念が登場したのは、人口減少下において、地域における基盤的なサービスの提供を維持するという政策目的を達成するため、とされています。特に、地方銀行及び乗合バス事業においては人口の減少等により持続的なサービスを提供することが困難な状況にある一方で、他の事業者での代替が困難であることに鑑み、これまでの複数事業者の自由な「競争」だけではなく、事業者同士の連携促進を図る施策が重要であるとされました。

 そこで令和2年に施行されたのが、「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律(令和2 年法律第32号)」です。やたら長い法律名ですので、以後「独禁法特例法」と称します。

 独禁法特例法により、これまで認められてこなかった事業者間の直接協議や運賃プールが、関係する事業者が共同して作成する「共同経営計画」に位置付けることにより、認められるようになります。

 と、ここまで、独占禁止法と乗合バス事業の関係、独禁法特例法が出来る背景まで解説しましたが、次回(後編)では、独禁法特例法(共同経営計画の策定)により、新たに出来るようになったことや、共同経営計画の策定について、解説したいと思います。

参考文献

独占禁止法特例法の共同経営計画等の作成の手引き(第二版:令和3年3月、国土交通省)

令和2年度地域公共交通シンポジウムin中部(R2.11.18)国土交通省資料

地域公共交通の維持・発展に向けて~乗合バスへの運賃プール適用に期待される効果(政策投資銀行、2020年6月)

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