担当:土井 勉(一般社団法人グルーカル交流推進機構)

公共交通は社会的共通資本だと聴いたことがありますが、自分たちがやっている政策と、どんな関係があるのでしょうか?

社会的共通資本は経済学者の宇沢弘文先生が人々の幸福や社会の持続可能性を支える仕組みとして提唱された考え方です。公共交通も「社会的インフラ」として重要なものとされています。
はじめに
地域公共交通の仕事(活動)をしていて、こんなこと言われたことはありませんか?あるいは、ご自身でも、こんな意見が気になったことはありませんか?
・企業なんだから、赤字はあかんやろ。経営者の怠慢ではないか。経営の責任を果たし、事業の継続を行うためには黒字化をめざすべきだ。
・収支を賄うだけの収入が利用者から得られないのは、市場から支持されていないということだ。だから減便、あるいは撤退がふさわしい。市場から支持されていない事業に税金である補助金を投入して延命することは、税金のムダ遣いだ(政府の失敗だ)。
・赤字の路線に補助金を投入した場合、交通事業者は頑張って利用促進などをすると売上が上がって赤字幅が小さくなり、結局得ることができる補助金が減る。それなら努力しないで補助金を多く得る方が楽なので、モラルハザードが起こってしまうのではないか。だから、補助金は出すべきではない。
・人は合理的に判断し行動している。その結果、移動手段として、自動車を使っているのだから、それを無理に自動車から公共交通へ転換することを人々は果たして望んでいるのだろうか。皆が望んでいるのであれば、自動車の入手が簡単になる方策を考えたり、事故が少ない道路構造に取り組むことが望ましいのではないか。
こうした意見は交通、特に公共交通を「企業経営」(市場原理による供給・維持)からとらえた考え方だと言えると思います。この考え方にも一理ありますが、これらの意見を聴いていると公共交通は消滅してしまいそうです。公共交通は消滅しても良いのでしょうか?
そこで、公共交通など市場原理で供給・維持できないもので、私たちの社会を支えている様々な仕組みを、経済学者の宇沢弘文(1928-2014年)は社会的共通資本(Social Common Capital)という概念を提唱して、人々の幸福や社会の持続可能性を支える理論として明らかにしました。
宇沢弘文が提唱した社会的共通資本とは
宇沢弘文はその代表的な著作である「社会的共通資本」(岩波新書、2000年)で、社会的共通資本とは「すべての人が人間らしく豊かに暮らすために、社会全体で守り、維持・運営されるべき資本」を指すとしています。そして、社会的共通資本は大きく、次の3つに分類されるとしています。
①自然環境 森林、河川、海、大気、土地など
②社会的インフラ 道路、橋梁、上下水道、電力、公共交通など
③制度資本 教育、医療、司法、金融制度、行政など
これらは、単なる「経済的な資産」ではなく、市場原理や利益追求だけに任せるべきではないと言っています。
そこで、例えば:
・公園を誰もが利用できること
・安全な水道水が供給されること
・必要なときに病院で診察を受けられること
・子どもが教育を受けることができること
などは社会的共通資本が提供するものだということなります。社会的共通資本は「社会全体で共有し、将来にわたって大切にするべき公共的な財産や制度」ということができると思います。したがって、「はじめに」で述べた企業経営(市場原理による供給・維持)的な発想とは異なる社会の仕組みについて、その重要性を提示されたのです。
次にこうした社会的共通資本と公共交通の関係について考えてみましょう。
社会的共通資本と公共交通との関係
社会的共通資本の観点からみると、公共交通は典型的な「社会的インフラ」になります。したがって企業経営(市場原理による供給・維持)の論理だけでは適切に維持できないものだと考えられています。なぜなら、公共交通は単に「移動サービス」を提供するだけでなく、
・多様な人々の移動手段 : 高齢者、学生、障碍者など誰もが移動できる
・地域経済への寄与 : 通勤、通学、買い物、交流、観光などを支える
・地域コミュニティの維持 : 医療、福祉、教育へのアクセスを確保する
・環境負荷の軽減 : CO2排出量の削減、渋滞の軽減
・防災・災害対応 : 災害時の避難・代替輸送など
というように、公共交通が生み出す価値は利用者だけでなく、地域社会全体に及ぶからです。だから、移動サービスに対する対価である運賃収入だけでは評価ができない価値を持っています。さらに付け加えると、このトリセツでも何度か紹介をしている「クロスセクター効果」(公共交通の社会的な価値を算出評価する方法)もあるということです。したがって、企業経営(市場原理による供給・維持)の論理だけでは、生み出す価値が消えていくこととなり、人々の幸福や社会の持続可能性を支える役割小さくなりかねません。
そこで社会的共通資本の視点からみた公共交通の役割は
・公共交通は利益を最大化するための事業ではなく、社会を支える基盤
・だから採算性だけで事業の存廃を判断すべきではない
・地域住民の基本的な移動を保証することが重要
・維持管理は社会全体の責任で、公的な支援は正当
・将来世代にも利用可能な交通ネットワークを引き継ぐ必要がある
ということになります。
だから赤字の公共交通への補助は単なる赤字補填ではなく、社会的インフラへの投資という視点で考える必要があります。
もちろん、公的な補助金の投入に際しては、専門家などの目から見ての妥当性を検証することや、事業者の努力を評価する仕組みなどをしっかり検討することは、大前提になります。
こうした社会的共通資本が企業経営(市場原理による供給・維持)と異なる発想で社会に寄与するためには、財源についても理解をしておく必要があります。
社会的共通資本を支える財源は
宇沢弘文の考え方を踏まえると、社会的共通資本を支える財源を単に「税金で賄う」ということではなく、社会全体で便益を受けるのだから、その便益に応じて社会全体で負担することが基本的な思想になると思います。
そこで、社会的共通資本を支える財源としては
①政府(税)だけに依存するのではなく、
②利用者負担(バスの運賃負担など)
③外部効果の受益者負担(沿線商業施設の売上向上、雇用促進、定住促進など)
という考え方を提唱しています。すなわち、財源として「税金だけ」「利用者負担だけ」という単一の方法ではなく、複数の財源を組み合わせることが望ましいと考えられています。
さらに、これに追加して:
④総合交通政策として道路の整備・管理・安全などを含めた財源の共有化
が考えられると思います。公共交通は移動に関する「社会的インフラ」ですから、同様に人々の移動を支える道路などの整備や維持管理、交通安全に関する財源についても共有することでより効率的な費用の配分が行われることが望ましいと思います。
また、地域によって社会的共通資本が提供されるサービス水準が異なることが考えられます。サービス水準が異なれば、それを支える費用も変化します。
こうした社会的共通資本によって供給される多様なサービスについては、専門家の倫理と公共性を重視しながら社会全体で決めることが望ましいとされています。
学習案内
社会的共通資本については、前掲の岩波新書が極めてコンパクトにまとめてあるので、お薦めです。さらに、深く勉強しようとすると、宇沢弘文:「宇沢弘文の経済学-社会的共通資本の論理」(2015年、日本経済新聞社)が良いと思います。
また、米国の政治学者ロバート・D・パットナムは社会的共通資本とよく似た、社会関係資本(Social Capital)を提唱しています。これは、①信頼性、②互酬性、③ネットワークが活性化していることで様々な協調的な行動が容易となり、社会の効率性を高めることをイタリアや米国の調査をもとに明らかにしています。代表的な著作は、「哲学する民主主義-伝統と改革の市民的構造」(2001年。NTT出版)、「孤独なボーリング:米国コミュニテイの崩壊と再生」(2006年、柏書房)、があります。こうした研究も宇沢の社会的共通資本の考え方と極めて近いものであるということができると思います。


