担当:後藤正明(株式会社シティプランニング)
本土と離島や離島間を結ぶ航路は、鉄道やバスと同じ「地域公共交通」です。通勤、通学、通院だけでなく、食料や郵便、宅配便も船で運ばれています。
2026 (令和8)年3月、こうした生活航路を守るため、新しい制度が創設されることになりました。持続可能な地域公共交通の実現を図ることを目的とした「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律案」(以下、「法改正」と記載します。)です。
この法改正では、地域の輸送資源のフル活用、共同化・協業化等を推進するための方策として、自動車地域旅客運送サービス再構築事業の創設とともに、航路についても海上運送利便確保事業の創設が示されています。
本稿では、今回の法改正を踏まえ、海上の公共交通である離島航路の現状と、海上運送利便確保事業創設のねらいなどについて考察してみました。
島の暮らしを支える「海の公共交通」
一般に「公共交通」と聞くと、鉄道やバスなど「陸上」の交通を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、我が国には数多くの離島があり、有人離島は255島(2026 (令和8)年4月現在)、離島と本土、離島間を連絡する航路は、全国で272航路(2025 (令和7)年4月現在)あります。
これらの離島航路は、住民の通勤、通学、通院、買物などの日常的な移動手段だけではなく、食料、郵便、薬、宅配便などの物流や情報を運ぶ重要な役割を担っています。まさに、「島の暮らし」を支える「海の公共交通」といえます。

資料:国土交通省の資料「日本の島嶼の構成」
<離島航路の概況2025( (令和7)年4月時点)>

<全国の旅客船航路図>

(注)図には本州・北海道・四国・九州を連絡する航路も記載しています。
出典:おでかけ航路マップ
離島航路の維持が難しくなっている
前述のように、離島航路は住民の日常生活や地域経済を支える必要不可欠な交通手段ですので、航路の確保・維持は極めて重要となります。
○利用者は減っても、船の必要性は減らない
一方で、離島における深刻な少子高齢化に伴う人口減少等により、輸送人員がここ20年で全体として約2割減少するなど、航路事業者にとって厳しい経営環境にあります。さらに、船員不足と高齢化、近年の燃料費高騰もあり、航路の維持が困難な状況となっています。
<昭和30 年の人口を100 とした場合の全国及び離島の人口推移>

出典:離島振興計画フォローアップ(令和3(2021)年6月 国土交通省国土政策局)
このため、国では赤字航路の事業者に対して国庫補助を行うことで、離島航路の維持を図っています(2026 (令和8)年3月末現在の補助対象航路:129航路)。
補助対象航路の事業者に対し、運航費補助(欠損に対する補助)をはじめ、構造改革補助(船舶の代替建造に対する補助)、公設民営化への補助、離島住民向け運賃割引への支援を行っています。
<離島航路補助制度の概要>

<補助対象の離島航路における輸送人員・欠損額の推移>

出典:海事レポート2025
過疎地と離島は何が違うのか
深刻な少⼦⾼齢化に伴う⼈⼝減少(⾃然減)、進学・就職に伴う⼈⼝減少(社会減)、これらに伴う輸送⼈員の減少、公共交通を担う人材の不足、交通事業者の経営難とみてくると、離島は陸上の過疎地の状況と似ていると思うかもしれません。
○航路しか移動手段がない
過疎地では、路線バスがなくなっても、コミュニティバスやデマンド交通、自家用車など、代わりの移動手段を考えることができます。しかし離島では違います。
しかし離島では違います。
船が唯一の移動手段です。
船が止まれば、島の暮らしそのものが止まってしまいます。
航路事業が厳しい経営環境になっても、「航路の維持が困難なら廃⽌すればいい」というわけには⾏かないのです。
<陸上交通(過疎地)と海上交通(離島)の比較>

<船員教育機関別の海技士の取得資格(筆記試験免除)>

<小型船舶(総トン数20トン未満)の船長になるための免許>

資料:国土交通省ホームページ
船を止めないための新しい制度
(1)海上輸送利便確保事業とは
今回の法改正で創設される「海上運送利便確保事業」は、船を止めないための新しい仕組みとなります。この制度は、毎年、数日~10日程度で発生する計画的な運休※ にも対応することを想定した制度と考えられます。
※旅客船(総トン数5トン以上)は、5年ごとの定期検査と、その間毎年の中間検査を受ける必要がある。○数日の運休で島の暮らしが止まる
陸上交通で考えると、運休が数日なのであれば、「そのぐらい我慢すればよいのでは」とも思えます。しかし、離島では事情が全く異なります。移動手段は「船(離島航路)」しかないのです。離島航路が数日間運休すると、通勤、通学、通院、食料品搬入、郵便、宅配、介護サービスなどすべてに影響します。特に、人口数百人規模の島では、「毎年1週間だけ船が止まる」こと自体が大きな行政課題になります。
なお、「海上運送利便確保事業」が実際に運用されるためには、瀬戸内海や九州北部などのように同一海域に複数事業者がいること、類似船型があること、港湾施設が共通利用できることが必要になると考えられます。

(2)なぜ今、法律が変わるのか
ところで、なぜ今、この法律改正が行われたのでしょうか。
地域公共交通に関しては、近年、国では地域公共交通のリ・デザインについての議論が行われており、「地域の輸送資源の総動員」、「事業者間の共同化」、「地方公共団体によるコーディネート」という考え方に基づき、様々な施策検討が行われてきました。
○海の公共交通のリ・デザイン
今回の「海上運送利便確保事業」の「他事業者から協力を得る」という制度は、この考え方の延長線上にある「海の公共交通版」と捉えたらよいと考えます。
なお、これまでも他社の船を借りる、他社に運航を委託すること自体は、不可能ではなかったと思われますが、制度的な位置付けがない、他社に協力してもらう仕組みがない、地方公共団体が調整役になりにくいなどの問題があり、具体化しにくかったのだと思われます。
また、近年は、船員不足、船舶の老朽化、ドック(造船所)の混雑が進んでいます。今回の法改正は、こうした現場の変化も背景にあると考えられます。
(3)法改正からの更なる展開
離島航路では、独自で代替船を所有し、定期検査に対応している運航事業者もいますが、代替船の保有は経営を圧迫する要因ともなっています。
しかしながら、今回の法改正の仕組みを流用すれば、今後、隣接する航路と代替船を共用できれば、複数の航路事業者で代替船1隻という事も可能になると考えられます。
さらに、今後の制度運用や事業者間の連携の進展によっては、共同配船、共通予備船、共同船舶管理といった運営形態へ発展する可能性があります。これはバス業界で進んでいる共同運行、車両の融通、整備工場の共同利用と同じ方向性ともいえます。もちろん、船型や港湾施設、運航体制など実務上の課題はありますが、制度を活用することにより、地域単位で船舶を有効活用する可能性が広がります。
地域全体で支える離島航路
冒頭で、離島航路は日常的な移動、物流や情報を運ぶ重要な役割を担っており、「島の暮らし」を支える「海の公共交通」であるといいました。
今後も離島航路を維持していくためには、「船が唯一の移動手段」であるという陸上の公共交通との違いを理解した上で、航路の利用増進に向けた観光振興や関係人口の増加、島への移住促進などの取組を戦略的に進めることが重要となってきます。
そして、これまでの単一の運航事業者と自治体だけで航路を守るのではなく、複数の運航事業者と自治体と住民が地域全体で支える時代が到来するとの視点を持って、離島航路の経営維持を図っていくことが重要になると考えます。
離島航路は、単なる移動手段ではありません。島の暮らしを支える社会基盤となる「海の公共交通」なのです。 そして、今回の法改正は、「事業者が守る航路」から「地域全体で支える航路」へと発想を転換する、即ち地域の輸送資源を総動員する第一歩といえるのではないでしょうか。


