担当:塩士 圭介(日本海コンサルタント)
はじめに
バス・タクシーといった公共交通分野や、トラック物流業界において、人手不足が叫ばれるようになって久しいですが、2024年4月から、労働時間に関する規制が変更となることにより生じる、いわゆる「2024年問題」というキーワードがクローズアップされています。この2024年問題、我々の生活にも大きな影響を及ぼすことが懸念されていますが、なぜ2024年問題と言われるようになったのか、特に公共交通分野においてどのような影響が生じるのか、について解説したいと思います。
そもそもの背景~働き方改革関連法の適用が2024年まで猶予されていた
まず、2024年問題というのが突然クローズアップされ、最近になって問題が顕在化したようにも見受けられますが、今に始まった話ではありません。そもそもの話の発端は、2019年4月から順次施行されている「働き方改革関連法」にあります。長時間労働が心身共にあたえる健康の阻害や過労死に至るといった長時間労働問題を是正し、ワーク・ライフ・バランスを改善すること等を目的として、労働基準法が改正され、時間外労働の上限が法律に規定されました。
その詳しい説明は厚生労働省の資料に譲りますが、時間外労働の上限が罰則つきで法律で明確に規制されました。この上限規制の施行は、上場企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月からとなっています。一般的な職場では、多くはすでに適用されているので、ご存じの方も多いでしょう。
ただし、下記の表に示す職種については、その労働環境の特殊性に鑑み、2024年4月までその施行が猶予されています。この中に、「自動車運転の業務」すなわちバス・タクシー・トラックの職業ドライバーの業務が含まれています。
この猶予がなくなるのが2024年4月なので、いわゆる「2024年問題」としてクローズアップされるようになりました。つまり、2024年問題は、働き方関連法が成立した2019年時点から分かっていたことであり、その期限がまもなく到来しつつあるということです。
本来であれば、法施行から5年間の間に長時間労働是正のための様々な方策がとられるべきで、関係各方面で長時間労働是正の対策が取られていると思われますが、それでも慢性的に続く人手不足に加え、2020年~2022年に直面した新型コロナウイルスによる運輸業界の経営への大打撃も加わり、有効かつ抜本的な手立てを取ることが出来ないという実態が続いている状況です。
2024年問題が運輸サービスに与える影響
自動車運転者の時間外労働の上限は、2024年4月から原則月 45 時間・年 360 時間、臨時的特別な事情がある場合でも年 960 時間となります。これも踏まえて、「改善基準告示」の見直しが行われました。この改善基準告示が2024年4月から適用となります。
この「改善基準告示」、正式名称は「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚生労働大臣告示)といいますが、自動車運転者について、労働時間等の労働条件の向上を図るため拘束時間の上限、休息期間について基準等が設けられています。
これにより、労働者の過重な労働時間や運転疲労の軽減が期待されますが、同時に運行スケジュールの調整や人員の確保に課題が生じる可能性もあります。
一番大きなポイントは、1日の休息時間が、従前の「継続8時間」から、「継続11時間を基本とし、9時間下限」と長くなることです。分かりやすく言うと「最低でも休息時間が1時間伸びる」こととなります。例えば当日の退勤時刻が21時だとすると、これまでは8時間後の翌朝5時から出勤可能となりますが、改正後は、11時間後の翌朝8時を基本とし、最短でも翌朝6時からの出勤となります。
換言すると、1日の拘束時間(出勤~退勤の時間)は最大16時間から、改正後は最大15時間が上限となります。勤務時間の上限が1時間減ることを意味します。
バス運転者の勤務はこんなに長時間!
本来この改正は、人手不足に悩む交通事業者及び労働者にとっては望ましい改正であり、運輸業界が魅力ある職場として再生し、より働きやすくなることを狙ったもののはずです。ところが、人手不足で限られた運転者を決められたダイヤに配置するためには、現状ではどうしても1人の運転者に長時間勤務を強いざるを得ないという実情があります。
特に路線バスにおいては、朝のピーク時に多くの需要が集中するため、早朝(5~6時ごろ)から多くの運転者を出勤させて、通勤・通学の需要のピークを捌く必要があります。夕方にもピークが存在しますので、人手不足も相まって、必然的に運転者の拘束時間は長くなりがちになります。
やや古いデータですが、厚生労働省が調査機関に委託した労働実態の調査では、自動車運転者の1日の拘束時間は、最も拘束時間が長かった1日において、平均で13.9時間/日、バス運転者では14.8時間/日、タクシー運転者は15.7時間/日と、極めて長時間にわたっていることが分かります。1日の拘束時間(出勤~退勤の時間)の上限が2024年4月から15時間に制限されることを考えると、データが古いとは言え、長時間労働の実態をよく表しています。
なお、バス運転者の長時間労働などを取り巻く状況については、既に別記事で水野羊平さんが執筆されていますので、あわせてご覧下さい。
路線バスのダイヤへの影響~このままでは路線バス自体がなくなる!?
現状、路線バス事業者はどこも人手不足であり、最低限の人員をやりくりして何とか現状の便数を維持している中、改善基準の改正によって、休息時間(勤務間のインターバル)が8時間から9時間に変更になることによって、路線バスのダイヤにも影響が出ることが予想されます。
特に影響を及ぼすと考えられるのは、下記の事態です。
- 夜間~深夜時間帯の運行便数の減便、終バスの繰上げ
- 通勤・通学時間帯の多客便の減便による、車内混雑の激化
- 利用の少ない昼間時間帯の減便(※)
- 特に利用の少ない路線・系統については廃止または路線・系統の短縮
既に2023年度から、大幅な減便に踏み切っている事業者も多く存在しますが、読者の方には、コロナ禍からの回復が期待される今になって、なぜ路線バスの減便が行われるのか、疑問を持たれる方もいるかも知れません。この背景は、前述した働き方改革の議論に始まるバス運転者の労働環境改善が目的にあります。この労働環境改善自体は社会にとって必要であると考えられ、長時間労働の是正など労働環境改善がなされない限り、路線バスのみならず、すべての運輸業が持続的な経営が困難となる可能性を秘めています。あえて極言すると、近い将来に、地域によっては、上記1~4に示した影響(減便や路線短縮など)どころか、バス事業自体が地域からなくなるという事態も想定しなければなりません。
(※)朝・夕時間のみ運転者を拘束し、利用の少ない時間帯に、一旦運転者の勤務を解くことで拘束時間に含めないこととする対応をするため、昼間時間帯の運行を間引くことがあります。これを「中休」などといいます。なお、この「中休」自体を拘束時間に含めるべきという議論がありますが割愛します。
じゃぁ、どうすれば?コスト負担の問題?
バス事業をはじめタクシー・物流とも同様ですが、運輸業界全体の課題としては「慢性化する長時間労働」と「その割に低い賃金体系」、それを敬遠する労働者による「人手不足」という負のスパイラルが生じていることです。さらにいうと、コロナ禍による需要低迷と燃料費の高騰も加わった「トリプルパンチ」の状況です。
これを打開するには、賃金の適正化と長時間労働の是正による魅力ある業界へ再生する、ということに尽きるのですが、これが出来るのであれば最初から誰も苦労しません。
筆者が考えるに、人流、物流ともに「輸送に対する適正な対価を払うという認識が希薄になっている」という社会風潮の問題があるのではないかと考えます。(最も分かりやすい例が物流業界で、EC通販サイトでよく見られる「荷物配送料無料」です。無料といっても実際は誰かが送料を負担していると思われますが、これだけで話が長くなるので割愛)
公共交通に話を戻すと、その輸送に対する適正な対価(コスト)を誰が払うの?という問題に行き着きます。しかしこのコスト負担の議論は(特に路線バス・コミュニティバスの分野においては)低調と言わざるを得ません。無論、むやみな値上げは利用者の離反を招くため難しいですが、一方で、さらなる経営改善や運送経費削減の手段を人件費削減に求めるという手法は既に限界を超えていると思われます。特に、行政負担なしでは維持存続が難しくなっている路線(コミュニティバスを含む)においては、輸送の原価構造、収支構造を地域、行政など関係者間で共有しながら、「地域の輸送に必要なコストは誰が負担するのか」ということを真剣に考えなければいけない時代に入っていると言えます。
参考文献
時間外労働の上限規制わかりやすい解説(厚生労働省:2021年3月)
自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト:バス運転者の改善基準告示(厚生労働省HP)