いまさら聞けない「通学」支援とその効果

土井 勉(一般社団法人グローカル交流推進機構)

担当者
担当者

高校生など通学の支援をして利用者が増えても、定期代の割引が大きいので収支は改善しないのではないでしょうか?

伴走者
伴走者

公共交通における通学の支援は収支の改善を期待する以上に、多くの社会的な意義があります。どんなことか。先ずは、本文をご覧ください。

なぜ通学支援は地域にとって重要なのか?

 中学生や高校生が使う通学定期券は一般の運賃に比べて、割引率が大きいので、利用者を増やしても収支の改善につながらないという意見があります。

 また、朝の通学時に利用が集中するのですが、日中など授業時間帯は利用がありません。そこでピーク時と閑散期の差が大きく、その対応が大変なので、あまり来てほしくない、という意見もあるようです。

 こうした理由で通学支援の拡大について、前向きではない場合も少なくないようです(私が聞いた範囲ですが…)

 しかし通学支援には、高校生個人・家計・地域社会にとって重要な意義があります。

①高校生にとって、通学手段がないために希望する学校へ進学を断念することは、将来の夢が断ち切ら  れることになります。彼らが持っている可能性を開花させるためにも、通学を支援することは重要な意義があります。

②家計についても大きな影響があります。通勤定期券の費用は、通勤手当として企業が負担することが多いと思います。一方で通学定期券の購入は個々の家庭で行われることになります。したがって通学定期券の補助を行うことは、家計を助けることになるのです。

③地域社会にとっては、地域を支える人たちを育てるという意義があります。例えば、自宅から通学が困難になる場合には、希望した学校に通学するために下宿をしたり、家族で学校の近くに引っ越すことも起こり得ます。こうなると、将来、医学や農学、工学、法律など様々な分野に進学をして、その知識や知恵を活かして地域社会を支える人材が域外流失をし、地域に戻ることなどがなくなる恐れがでてきます。

④さらに地域社会にとっては、高校生の通学を支えることにより、上記のような高校進学時の人口流出などを防ぎ、人口定着に資することが期待できそうです。

 以上のように、高校生の通学を支援することを通じて地域を支える人材を育成することになり、持続可能な地域づくりについての重要な取組みとなります。

通学と公共交通の関係―利用している公共交通がなくなると送迎が増える、あるいは通学が困難になる

 近江鉄道の沿線の高等学校等に在籍する生徒たちを対象に、通学についての様々な調査が行われています。ここで紹介するのは、近江鉄道が廃線などで使えなくなった場合についての調査結果です(2020年1~2月調査、図1)。

 これによると近江鉄道が使えなくなると、56.8%の人が「自動車(家族に等による送迎)」、そして、31.7%の人が「通えなくなる」と回答しています。

図1 通学で近江鉄道線が使えない場合の交通手段(沿線学校対象調査、複数回答)1)

 家族等による自動車による送迎になると、送迎のための自動車交通が増加し、既存の道路における渋滞が今以上に深刻になります。また、送迎で通学を行う場合、運転をする家族などへの負担の増大が見込まれます。

 「送迎人生」となるかも知れません。

図-2 送迎人生(「トリセツ」、100人の村で公共交通を考える

 さらに気になるのは、「通えなくなる」と回答した3割の高校生に対して、通学の足をサポートすることが必要となります。スクールバスなどの代替手段でカバーすること等が考えられますが、導入するための費用、道路交通への負荷の増加による交通渋滞の深刻化などの多くの課題がありそうです。

 近江鉄道は、こうした高校生の通学を支えることで、道路の渋滞問題の回避や、家族の送迎の負担を軽減し、希望する高校への通学や進学などを確保する役割を担っていることがわかります。

通学定期券の割引は誰が行っているのか

 通学定期券の割引は、国の制度など特に定まったものがあるわけではありません。各交通事業者が、それぞれ独自の判断で割引を実施しているのが現状です。
 これって少し冷静に考えるとオカシイことだとは思いませんか。本来だと中高生を支える行政の仕事は文教予算なのですが、それとは無縁に交通事業者が経営リスクの範疇で定期券の割引額を負担しているのが現状です。通学定期の安定的な供給を考える際に、現在の割引のあり方については、議論を深めることが望ましいと思います。

 さて、ここで通学定期券の購入補助を行うと前述のように、家計が助かります。様々な出費が多い年代の家庭において、通学費の負担感を少なくする施策は重要だと思います。

注目すべき通学支援の取組みー滋賀県竜王町の場合―定期代半額補助と夜間特別便の利用

 これまでもいくつかの自治体で通学支援が行われてきました。

 例えば滋賀県東近江市では、市内に居住して鉄道や路線バスを利用している中学生・高校生に対して、1ヶ月当たりの定期券の金額が鉄道や路線バスのいずれかを使う場合は12,000円を超える金額を補助の対象としてます。

 ここで取り上げるのは、通学支援として定期券の半額を補助するだけでなく、通学定期券を持っている人たちに「夜間特別便」の無料利用を行っている自治体のことです。それが滋賀県竜王町なのです。

 竜王町のこの制度は2018年度に始まりました。さらにもう少し詳しくみていきましょう。

 通学定期の半額補助については、竜王町内を発着する路線バスについて、町内に居住する中学生・高校生・大学生など30歳未満の人たちを対象とするものです。高校を卒業しても、学生であれば幅広く補助の対象としている点に特徴があります。

 次に「夜間特別便(相乗りタクシー)」は、タクシーを利用して高校生などを運ぶものです。乗車場所は、この地域ではJR琵琶湖線の新快速停車駅でもあり、近江鉄道駅もあり、路線バスのターミナルがある近江八幡市の近江八幡駅南口だけとして、降車場所は定期券に書かれている竜王町内の各バス停留所となっています。

 竜王町には鉄道路線がないために、この地域の交通拠点である近江八幡駅を夜間特別便の起点としているのです。発車時刻はバスの便が少なくなる21時発とバスの運行が終了する22時発の2便であり、提携しているタクシーが使われています。

 このダイヤは近江八幡駅周辺にある塾などから帰る生徒たちの利用を期待したものとなっています。

図-3 滋賀県竜王町の通学定期半額補助と夜間特別便の案内

 通学定期券半額補助の利用者人数は図-4のようになっています。2020年度のコロナ禍による減少はあったものの、次第に定着してきたことがわかります。ちなみに、2023年度の高校生数が347人ですから、およそ3割の人たちがこの制度を使っていることがわかります。

図-4 竜王町通学定期券半額補助の実績2)

 また、夜間特別便の2023年度の利用実績は21時発が303人、22時発が827人となっています。やはり終バスがなくなる時間帯に利用が増えていることがわかります。

 さらに2023年度の22時の夜間特別便の運行便数は361便であり、利用者数は上記のように827人なので、1便当たりの利用者数は2.3人ということになります。なかなかの乗合率です。

 このように夜間特別便の利用者は、決して多くはないのですが塾帰りなどの子どもたちに対して送迎が困難な親にとっては、貴重な移動手段になっていると思います。

 特筆すべきは、こうしたサポートを通じて公共交通に親しみを持つ若い人たちが出てきたということです。クルマ社会の竜王町では高校生はバスで通学を行っていても、卒業すると直ちに運転免許を取得して、公共交通には見向きもしなくなるのではないかと思われていました。しかし、実際には高校生以上の人たちで通学支援を受けている人が22人(2023年度)いることが把握されています。

 公共交通の利用体験があると、その経験をもとに公共交通を継続的に利用する人たちが一定数いるということがわかります。

夜間特別便などの発想はどうして生まれたのかー誰のため、何のための移動かを考える

 これについては竜王町未来創造課の寺田篤史参事は、地域公共交通をデザインする際のポイントとして、常に「誰の」「何のため」の移動を「どんな手段で」「誰が」支えるのかを考える必要があることを力説されています。

 そこで、通学定期券半額補助と夜間特別便の実施については「主に高校生(実は家族)」の、通学などのための移動と費用の低減化を、路線バスとタクシー(夜間特別便)を導入し、これを町が支える。このことで町民の皆さんの心に響く政策ができたことになります。

 こうした発想は、竜王町に限らず、他の地域でも応用ができる考え方だと思いますので、しっかり理解をしておきたいと思います。

更なる通学サポートの展開について

 神戸市では2024年9月から、神戸市内に在住の高校生等が市内の高校等に通学する場合の通学定期代を全額補助(無料化)しています。市外の高校等に通学する場合は年額144,000円を超える額の1/2を補助しています。高校は公立だけでなく、私学も対象となります。

 対象となるのは、市外を含むすべての公共交通機関の通学定期券となっています。したがって神戸市交通局の路線バスや地下鉄だけでなく、私鉄やJRの通学定期券も対象となっています。

図-4 神戸市通学定期無料化のチラシ

 神戸市の説明では、高校生の通学定期無料化については、こどもが成長するにつれ家計の経済負担は大きくなる傾向があることを何とかしたいということが発想のベースのようです。さらに、高校生を育てる世帯の経済負担の軽減も大事だということで、通学定期を補助する形で取り組みが始まったようです。

 

 神戸市は公立高校の学区が地域によって3つに分かれていたのですが、兵庫県の学区の見直しで1つに統合され、通学範囲が大きく広がったことで、学校選びの機会が増えたことがあります。このこと自体は選択の幅が広がることになったのですが、通学費が高額になる家庭もでてきます。そこで神戸市内の学校に通われる方は、補助が全額に拡充されることで、今まで以上に交通費を気にせず学校選びができるということが、無料化の制度設計の背景にある考え方のようです。

 このように、これまでは公共交通は高齢者の通院や買物への対応を主に考えられることが多くあったと思いますが、今回紹介したように、高校生の移動を支えることも重要な役割だと認識する自治体も増えてきたことがわかります。

 公共交通の多様な役割に、もっと目を向けていくことが期待されます。