土井 勉(一般社団法人グローカル交流推進機構)
送迎人生って何のこと?
:自分で自動車を運転できない人たちや駐車場がないところに行くためには、誰かが送迎をすることになるのですが、それが過度にひとりの人に集中すると大変だという比喩に使われるコトバです。
はじめに
先日、あるところで、ある専門家が公共交通の不便な地域に住む移動困難な人について、何気なく、そして気軽に「このおじいさんについては、送迎する人がいるので一安心」、という話をされていました。
公共交通などのサービスの強化が困難な過疎地域などでは、送迎は最後の移動手段であることも多いので、送迎のすべてを否定することはできないのですが、交通政策を考える場合に送迎については、様々な問題があることに気がつくことが望ましいと思います。
ここでは送迎交通が交通政策において持つ課題について、前回よりも深く考えてみたいと思います。
送迎交通の発生
送迎は目的地まで、自律的な移動手段を持たない人たちの移動を支えることで発生します。従って移動が困難な人たちにとっては、移動を支えるために重要な役割を持っています。
公共交通の整備が困難な過疎地域などでは送迎が不可欠な場合もあります。また、送迎中の時間は、同じ車両に乗り合わせることで家族との大切な会話の時間になっている等の意見があります。
それらの意義と役割は否定しないものの、送迎を受ける人にとって送迎以外に移動手段がない場合に、仮に送迎の担い手に何らかの不都合が生じた場合には、望む移動ができなくなるなど困難を抱えることになります。
また、送迎をする人たちにとっては、自分の時間を送迎するために削るなどの負担が発生することも容易に想像ができます。
さらに、地域社会から見ると、送迎の自動車が駅や病院などに決まった時間に集中することで、渋滞問題が発生する場合があります。
ここでは、送迎交通が交通政策に関わる事柄について、送迎される人、送迎の担い手、送迎と地域社会との関係について考えてみたいと思います。
送迎される人にとっての送迎の意味
送迎される人たちは、運転する人の時間や手間を費やしてもらうことになるので、通院など健康維持などの生命維持に不可欠な移動以外は遠慮や気兼ねが働いて、数多くの送迎の依頼をしないことがあるという指摘がしばしばされています1)。病院への送迎は頼みやすいけれど、友人とカラオケに行くことについての送迎は頼みにくいというようなことです。
そうすると送迎を依頼しにくいような外出、例えば友人たちとの交流や遊びのための外出等の送迎依頼は回数が減少して、移動需要は潜在化することになります。友人たちとの交流も遊びも、心や身体の健康のためには実は重要な活動ですから、こうした活動が潜在化する可能性があることは望ましいことではありません。
送迎の担い手にとっての送迎の意味
送迎の担い手は、送迎を行う時間を確保することが必要となり、一日のスケジュールの中での時間調整や、送迎を行うことによる送迎の準備、送迎の実施、あるいは待ち時間などの時間的な損失が生じます。
家庭で想定される送迎には、子どもたちの通学の送迎に留まらず、パートナーの通勤の送迎、高齢家族の通院送迎、さらに子どもたちの習い事や塾やスポーツ教室などへの送迎等があります。これらの送迎が切れ目なく連続すると終日送迎を行うことになります。まさに送迎人生です。
仮りに送迎の期間が子どもの高校通学の3年間であっても、送迎の担い手にとっては、送迎で自分の時間が取られることで、パートやフルタイムで働くこと、様々な社会的な活動への参加の機会を失うことで、キャリアの積み重ねに関して分断ができ、自らの成長や自己実現の機会を喪失しかねません。
図-1 送迎人生(トリセツ:「100人の村で地域公共交通を考える」より)
送迎とまちの関係
送迎交通は、送迎する人と送迎される人との関係だけでなく、まちへの影響も無視できません。
例えば送迎する自動車が集中する朝の駅前などでは著しい混雑が発生することがあります(図-2)。このため路線バスが混雑に巻き込まれて定時運行ができない等の状況が発生します。
図-2 JR近江八幡駅前の朝のバス停留所付近の状況(写真提供:高山智和氏)
このように、駅などでの送迎問題は、朝の送りだけでなく、迎えはより深刻になる場合があります。車で迎えに来る人達は、目当ての電車の到着前に駅付近に行って、降りてくる家族を待つことになります。こうした送迎のクルマが増加すると、駅前は混雑が発生し、バスなどの定時運行を阻害することになります。これは駅だけでなく、学校や塾などでも迎えの車の渋滞問題が発生することになります。
送迎と人口定着
一見無関係のように見える送迎と人口定着ですが、実は大いに関係があります。
家庭内で送迎を主に担っている人は誰かを調査すると、やはり女性が多いのです1)(男女比がおよそ3:7)。まさに家族の移動を支える役割をお母さんが、「送迎人生」として担っているわけです。「送迎人生」を過ごすお母さんの様子を見て、その娘さんたちは、自分がこの場所で結婚して家族をつくると、その先には送迎人生が待っていると考えてもおかしくはありません。送迎人生から逃れる方法は、誰かが送迎をしなくても自律的に移動が可能な公共交通などが充実している地域(大都市ですね)を選択して、そこへ移住することが考えられます。この結果、人口流出が進むことになりそうです。
地域の次代を担う人たちの流出を少しでも抑えるためにも、送迎人生の軽減を図ることが交通政策、あるいは地域政策としても重要になると考えられます。
送迎交通への対応方策
これには2つの方策があると思います。
1つ目は土地利用や空間構造からのアプローチです。なんとなくややこしい感じがしますが、ことは単純で居住している場所が目的地に近い(歩いていくことができる)ように、住んでいる場所を移すか、目的地を住んでいる場所に近づける方策です。移動販売なども、このアプローチに近いものです。ただ、移動販売以外は移転など大掛かりな方策になるので時間がかかりそうです。
2つ目は、移動に際して誰かに送迎をお願いすることなく、一人で気兼ねなく外出できるようにすることです。そのために、誰もが利用可能な公共交通のサービス水準を上げ、これを適切に配置することが必要になります。公共交通の需要喚起を行う際には、送迎からの転換のためにサービス水準を上げることは重要な政策目標となります(公共交通の潜在需要の見つけ方)。
送迎交通を減らす試みとして、具体的な事例だと、滋賀県竜王町では通学定期券を持っている中学・高校・大学生などが塾や習い事、クラブ活動などをしたあと、予約すれば夜間の21時と22時に近江八幡駅から運行される「夜間特別便」に無料で乗車できるという施策が行われています。これにより、夜の塾などから帰宅の送迎が公的な仕組みで支えられることになり、親の負担は軽減されることになります。
また、愛媛県松山市で取り組まれている「おすそわけ交通」では、これが導入されたことで、これまで潜在化していた移動需要が健在化して、利用者の人たちの外出が増加しただけでなく、同じ車両に乗り合わせた人たちが親しくなり、お茶会を開催するなど、移動だけではない交流が生まれるようになってきたことが報告されています。
この様に送迎交通への対応方策は、送迎とは異なる仕組みを導入することで、公共交通の利用促進につながったり、地域コミュニティの強化につながるなど、地域社会を支える政策としても重要なことだということが理解できると思います。
■参考資料
1)西堀泰英・土井勉:「送迎交通とその担い手に着目した実態分析」,土木計画学研究・講演集No.59,2019,CD-ROM所収.
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