特定の路線をテーマに考える際の注意点

一般論の判断と個別の状況に基づく判断が異なる場合があります

土井 勉(一般社団法人グローカル交流推進機構)

郊外の路線だと、企業の立地傾向として大規模な駐車場を確保するので、公共交通の利用は期待ができないと言われることが多いのですが…

一般的には、その通りなのですが、現場の感覚と様々なデータを踏まえた政策判断とは異なることがあります。一般論だけで判断すると状況をミスリードするおそれがあります。

一般論に基づく様々な意見

 収支の悪化や、担い手不足などが重なり、公共交通の存続が難しくなってきています。こうした状況にあるときに、様々な識者などから「善意」あるいは「好意」「専門家としてのプライド」を持って、公共交通の取り組みについての意見を賜ることが少なくありません。また、協議会などで首長さんからも、様々な意見をいただくことがあります。

 その多くが全国各地で言われている「一般論」あるいは「既成概念」をベースにしたものです。

 これらの意見には気をつけないと、政策遂行を行う上でのミスリードをする可能性があります。

 ここでは、郊外型の地方ローカル線である滋賀県の近江鉄道線の再生の取り組みの過程で出された一般論に基づくミスリード発言について、紹介をしたいと思います。

■一般論に基づく発言の例:(近江鉄道線を例に)

①沿線の事業所について。事業所の立地は自動車で通いやすいところを目指すことが多い。それに、従 業員もクルマで通勤することを前提にしているので、事業所の人たちは誰も電車で通勤しない。

②事業所の始業時間や終業時間と電車のダイヤが合わないので、事業所の人たちが通勤に電車を使うわけがない。

③鉄道の沿線と住宅地や事業所の立地が離れているために、通勤・通学の利用促進をすることは効果が期待できない。

④割引率の大きな通学定期券の利用者を増やしても、収支の改善に寄与しない。高校生の利用が増えると、その分の費用が増加するので、むしろ収支が悪化する。このように高校生の移動を支えることは無駄だ。

⑤沿線人口の減少を見通すと、通学は減少、通勤も減少することが想定されるので、観光需要の拡大を優先すべきだ。

 これらの意見は基本的には、人口減少社会の到来によって、通勤利用は先細り、通学利用は先細りするという、わが国の公共交通が抱える一般的な状況についての説明であり、近江鉄道線についての現状のデータなどを踏まえた説明にはなっていません。

 ですから、これらの意見をこのまま鵜呑みにすると、誤った方向の検討をすることになる恐れがあります。

こうした一般論に対する反論

 1.で提示された意見を踏まえると、公共交通の利用促進は極めて困難であり衰退する道しか残されていないような気がします。公共交通が地域に関わる役割を見出すことも困難になりそうです。

 こうした状況では、利用促進を図るためには観光需要の喚起に力点を置くことが望ましいということになりますが、果たしてそれで良いのでしょうか?

 1.で提示された様々な意見は、実は近江鉄道線の現場やデータを見ない意見であり、一般的に地方ローカル線について語っているに過ぎないものです。これらの意見を真に受けて利用促進の計画などを推進すると大変な目にあっていたかも知れません。

■通勤需要に関する実態を見ると

 表-1は2002年度(近江鉄道線の利用者数が最小の時)とコロナ禍直前の2019年度の利用者数の変化を見たものです。

表-1 近江鉄道線:券種別年間輸送人員の推移

近江鉄道資料にもとづく土井作成

 これを見ると2002年度から2019年度の17年間に輸送人員は約100万人もの増加になっています。この100万人の増加のうち約80万人が通勤定期券で、20万人が通学定期券の増加となっています。

 こうした通勤定期券の利用者が増加している状況を認識できていない発言に従うと、沿線の事業所に鉄道利用などを働きかけるのは無駄になってしまいます。しかし、この表-1を見ると、まだまだ通勤定期券の需要はありそうだと考えられます。

 そこで近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会(法定協議会)では、沿線の企業に声をかけて意見交換会などを開催することになりました。意見交換会では、沿線の企業からは、「我々の事業所の従業員は3,000人なのだが、近江鉄道線の利用者は1,000人いる」との話などがでてきました。なんと、従業員の皆さんは、通勤定期だけでなく、勤務形態によっては回数券を使う人たちもいるとのことでした。

 そうすると表-1の定期外の人たちの中にも回数券を使った通勤者が含まれるということになります。

 また、別の企業からは、始業時間を電車のダイヤに合わせて変更をしている、という話もありました。企業も従業員確保については柔軟な姿勢を示すことがあることを把握できたのです。

 こうした沿線企業交流会などを経て、鉄道会社、自治体、企業との交流も生まれることになりました。

 その結果でもあるのですが、表-2は2023年度(集計の関係で2月末で区切っている)とコロナ禍前の2019年度(同様に2月末集計)を見比べると、通勤定期券では+1%の増加となっていることがわかります。

 コロナ禍でオンラインや在宅勤務が増加して、通勤人口自体が減少したと言われています。しかし、企業に対して様々な働きかけを行った成果として、たった1%の増加ですが増加傾向にあることが明らかになりました。

表-2 近江鉄道線の輸送実績

資料:近江鉄道

 もし、一般論で語られたような通勤への働きかけが無駄という言説に従っていたら、通勤定期をはじめとする利用促進の実績を積み上げることなどは出来なかったかも知れません。

 一般論と個別の状況の違いについては、十分に注意することが必要です。そのためには、個別のデータを確認することを忘れずに行いましょう。

■通学定期の利用者を増やしても収支の改善に結びつかない

 こうした意見は確かに、その通りなのですが、もう一歩深く考えると、志望する高校などに通うことができない生徒たちは、通学しやすい地域に転出することが少なくありません。これも沿線で様々な人たちと意見交換をすることで明らかになったことです。

 そして表-1で示すように通学定期の利用者も増加傾向となっています。こうした現状を踏まえて、通学定期券への働きかけを考えるべきだと考えることができます。

 希望する学校への通学を支えるということは、単に近江鉄道線の収支だけで判断するのではなく、沿線の自治体への人口定着などの視点から評価すべきことでもあります。

 高校生の通学を支えることを止めると、結果的には志望校への通学が困難になった高校生の転出を推進することになります。その結果、長期的には、過疎が一層進むことになる恐れがあります。

 なお、表-2では通学定期は▲2%に留まっています。このことから、これからも通学支援に様々な方策を検討することが望ましいことが想定できるかと思います。

■人口が増えず、公共交通の利用が増えないので、観光に力を入れるべきだという意見

 これは、確かにその通りですが、観光のコンテンツ(観光資源、魅力、食事、宿泊など)の発掘と充実化は鉄道事業だけでなく、沿線の自治体などが担うことで、より効果が上がるものだと考えられます。

却下された意見

 ということで、1で出された多くの意見について、利用促進を進める際には却下されることになりました。

 そして、却下することで、政策の取り組みについてのミスリードを避けることができました。

 一旦取り組む政策を誤ると、そのマイナス分を取り返すために多大なエネルギーと時間が必要となることが少なくありません。

 様々な意見交換は重要ですが、一般論を鵜呑みにせず現場、現実のデータからの検証をすることで、適切な政策判断ができることが期待されると考えられます。

 なお、今回の「個別の状況」は近江鉄道線のことですから、対象が変わると一般論がすっきりと当てはまる場合もあると思います。

 常に、一般論を横に置いて、自分たちが対象としている公共交通の現状をしっかりと把握することが重要なことです。

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