担当:塩士圭介(日本海コンサルタント)
デマンド交通を入れたら、経費が安くなって便利になるって聞いたぞ!?我が町にも是非導入するべきだ!
デマンド交通の導入は魅力的に見えますが、経費の縮減のみを目的としてはいけません。安易に飛びつくのではなく、現状の交通体系とのコスト及びサービス水準の比較をした上で、人々の移動を便利にしていくことを忘れないでください。
乗客の予約に基づいて、比較的柔軟なスケジュールで運行する「デマンド交通」の導入が各地で進められています。そんな中、これから公共交通の改善を行っていく地域において、「他市町村でデマンド交通が成功しているようだし、マスコミも便利だと報道しているから、我が町にもデマンド交通を入れたい!」という声をよく耳にするようになりました。既にこの「公共交通トリセツ」では何度も取り上げているテーマですが、ここでは、何のためにデマンド交通を導入するのか、また、期待される効果がデマンド交通で実現できるのか、過去の記事を踏まえて今一度考えてみたいと思います。
デマンド交通の導入は、コスト縮減のため?
そもそも、地域においてデマンド交通を取り入れる、その目的は何でしょうか?良く聞かれるのは、「コミュニティバスをデマンド交通に見直したら、便利な上にコストが下がるのではないか?」という意見です。その意見は、一部において合っている場合もありますが、必ずしもそうとは言い切れない面があります。
例えば、コスト面で見てみましょう。下記のグラフは、定時定路線(いわゆる通常のバスが該当します)と、デマンド交通において、需要の大きさと費用の大きさの関係を模式化したものです。
定時定路線の場合は、事前にダイヤ(運行本数)を決定するため、利用者が例え少なくても初期コストはかかりますが、増便が必要な程度まで利用者が増えるまでは、コストの増加の度合いはゆるやかです。
一方で、デマンド交通の場合は、予約がない場合は運行しないことから、利用が少ない場合は、定時定路線のバスに比べて低廉になる場合が多いです。しかし、予約が発生するたびに運行するため、予約の発生頻度と運行経費がある程度比例して増加する構造になります。
デマンド交通が有利なのはどんなとき?
そのため、定時定路線とデマンド交通で需要と費用を比較すると、どこかで「損益分岐点」が出現します。この損益分岐点がどの程度なのかは、地域差や運行コストによる差が影響するため一概には言えませんが、一つの基準として、1路線または1便あたりの利用者数が判断材料となるでしょう。一般的には、道路に沿ってある程度「まとまった需要」がある場合には、定時定路線のバスが適する一方、時間的にも地理的にも「需要が分散」している場合は、デマンド交通が適していると言えます。
デマンド交通特有の費用が存在?
加えて、先ほど「デマンド交通は定時定路線のバスに比べて低廉になる場合が多い」と申しましたが、必ず低廉になるとは限りません。例えば、定時定路線のバスには発生しない、デマンド交通特有の費用として、予約を受け付ける仕組みに関する費用が発生します。電話予約の場合は予約オペレータの人件費、AIによる配車の場合は、初期費用としてAIシステム導入費及び月額費用としてシステム利用料がかかります。また、予約を受け付けて、それを各ドライバーに通知する配車システムの費用も必要です。加えて、事前予約の締め切り時間にもよりますが、常にドライバーさんが予約の有無にかかわらず待機することになります。その待機のための人件費も必要になってきます。そのため、「必ずしもデマンド交通の初期投資や月額費用が定時定路線に比べて安いわけではない」ということに留意が必要です。
改めて、何のためにデマンド交通を導入するのか?(運行コストとサービス水準の関係)
こうしてみると、デマンド交通を、単に「コスト削減のための手段」としてみなした場合、必ずしも魅力的なものとはならない可能性があることをご理解頂けるかと思います。理想的なのは、運行コストを下げつつ、サービス水準が向上することが出来る場合であり、こうしたケースであれば正に「成功例」として取り上げることが可能でしょう。
下記に、運行コストと交通サービス水準の組み合わせによって、施策のゴール(目標)に対する評価を概念としてまとめた文献があるので紹介します。
これをデマンド交通に当てはめると、運行コストの減少が期待出来れば、公共交通見直しのゴール(目標)として良い評価が期待できると考えられますが、先に申し上げたとおり、「そもそもコストが減少するのか?」という問題があります。
コスト的にデマンド交通が有利となるのは、一例として
- 現状の定時定路線の運行車両数を削減出来る場合
- 現状の定時定路線で1便当たり利用者数がごく僅かである
- 集落が低密度に広がり(例えば田園地帯など)、定時定路線では「一筆書き」の運行ルートが設定しにくい場合
のいずれにも該当する場合が挙げられます。
さらに、単にコストを下げることのみを第一目的とするのではなく、デマンド交通によって「人々の外出を便利にすることが出来るのか」という観点が非常に大事となってきます。(当たり前だと思われるかも知れませんが、コスト縮減を主眼とした場合、「人々の外出を便利に」という交通政策では当たり前のことがおざなりになってしまう危惧もあります。そうすると、何のために費用をかけてデマンド交通を入れるのか、よく分からなくなってきます。)
また、AIデマンド交通で予約方式として使用される「スマホで予約」についても、高齢者は電話を使うことが多いので、すべてAIにすることは難しい場合もありますし、電話をするのも面倒…ということでせっかくの仕組みも使われない場合もあります。定時定路線だと、予約をわざわざする必要がなくバス停に行けば乗車できるというメリットもあります。デマンド交通では「予約なしでパッと乗れる」というメリットは失われることにも注意が必要です。
それでもデマンド交通を入れたい!→デマンド交通の良さを最大限活かそう!
と、ここまで、デマンド交通に対して否定的な論調を展開しているようにも見えますが、それは「コスト縮減『だけ』を目的としたデマンド交通の導入は、良い結果をもたらすとは限らない」という観点から申し上げています。
デマンド交通は、定時定路線では難しい「ドアツードア」に近いサービスにより、人々のニーズにあった柔軟な運行が可能であること、最近導入が進んでいるAIデマンドであれば、AIが複数の需要を自動的に計算して最適なルートで移動をさせることが出来、最低限の車両台数で運行コストを抑えつつ人々の移動を便利にすることが出来るなど、大きなメリットも存在します。デマンド交通の良さは、こうした「人々の移動を便利にする」ことを主目的として導入されることが望ましく、決してコスト縮減「だけ」を目的としないよう心がけることが大事と考えます。
場合によっては、運行コストは現状の定時定路線と変わらない(むしろ少し増大する可能性もある)としても、それに見合うサービス水準の向上、例えばこれまでの運行本数よりも乗車機会を大幅に増やすことができ、かつ所要時間の短縮が期待出来る場合は、ある程度投資をしてでもデマンド交通を導入する意義があると考えます。
デマンド交通に限らず、巷に溢れる新しいワード(例えば、MaaS、グリーンスローモビリティ、自動運転、など・・・・)とそれに取り組んだ先進事例を、わが町に取り入れたいという気持ち自体は非常に大事ですが、新しい技術は良い面ばかりでなく、課題もつきものですので、是非「熱い・ホットな心を持ちながら、判断は冷静・クールに」見つめ、人々の移動を幸せにするためにどのような方策が良いのか、専門家の意見も聴きながら自らの頭で考えていくことをオススメします。