担当:井原雄人(早稲田大学スマート社会技術融合研究機構)
公共交通が環境に良いってどういうことですか?
公共交通は環境に良い乗り物といわれますが、電車やバスが1台ごとに環境に良いのではなく、皆で「乗り合う」から環境に良いのです。
クルマの燃費
公共交通が環境に良いというのは、乗用車で移動する時に比べて環境に良いことをいいます。それでは、その基準となる乗用車がどれぐらい環境に影響を与えるかを把握するために乗用車の燃費について考えてみましょう。燃費とは一般的に1リットルあたりの燃料で、どれぐらいの距離を走行できるかを示す指標で「km/l」で表されます。
クルマの燃費はクルマが重くなるほど悪くなりますが、自動車燃費基準では5人乗りの普通乗用車(1.5t程度)でおおよそ17.6km/lとなります。一方で、路線バス(10t程度)では、おおよそ5.8km/lとされています。燃費は重量の他にも走り方でも変わりますので、発停車が多く低速で走行することの多いバスにおいては、多くの場合ではこれよりもさらに悪くなります。
また、これは現在の目標としての燃費基準であり、過去に導入された車両にはあてはまりません。バスの車両は10年以上の長期間に渡って使われ続けますので、燃費の悪い古いものも走行していることに気を付けなければなりません。
環境に良いとは?
燃費が把握できたところで、次は「環境に良い」とはどんなことなのかを考えてみましょう。環境という言葉の意味はとても幅広く、例えば排気ガスによる大気汚染でも環境という言葉が使われます。そういったものを含めて全てを説明するにはスペースが足りないので、ここでは幅広い環境の中から、地球温暖化の原因の一つとなっているCO2排出に注目したいと思います。
それでは把握した燃費から、それぞれのCO2排出量を計算してみましょう。燃費からCO2排出量に換算する際には、エネルギー源となる燃料ごとのCO2排出係数という値を用います。CO2排出係数とはエネルギーの単位ごとに排出されるCO2の量を表したもので、環境省から値が公開されています。
ここでは、乗用車とバスのCO2排出量を計算しますが、それぞれに主に用いられている燃料のガソリンと軽油のCO2排出係数は以下の通りになります。
- ガソリン:2.32kg-CO2/l
- 軽油:2.58kg-CO2/l
(環境省 算定・報告・公表制度における算定方法・排出係数一覧 より)
つまり、同じ燃費のクルマがあったとしたら、ガソリンで走行するのと軽油で走行するのを比べた場合、ガソリンの方がやや環境に良いということになります。それでは、先ほどの乗用車とバスの燃費とCO2排出係数を組み合わせて、1kmあたりのCO2排出量を比較してみましょう。
- 乗用車:2.32kg-CO2/l ÷ 17.6km/l = 132g-CO2/km
- バス:5.8km/l ÷ 2.58kg-CO2/l = 445g-CO2/km
このように、クルマ1台あたりという比較をする段階では、バスは乗用車より3.7倍のCO2を排出することになり、「環境に悪い」クルマということになります。
1人あたりのCO2排出量
それではなぜ公共交通は環境に良いといわれるのでしょうか。それは1台あたりのCO2排出量ではなく、1人あたりのCO2排出量で比較をしているからです。
下図に示すのは国土交通省によって公開されている輸送量(=輸送人数)ごとのCO2排出量です。この値は、目標燃費から計算されたものではなく、現状あるクルマから計算したものなので上の計算結果とは単純に比べることはできませんが、乗用車とバスのCO2排出量が逆転するということは間違いありません。
図 輸送量あたりのCO2排出量(旅客)
(国土交通省 運輸部門における二酸化炭素排出量 より)
乗用車は自分だけの移動であれば1人ですし、家族で乗ったとしても数人です。それに比べてバスの場合は、多くの人が乗り合うことが前提で、多い時には数十人が乗り合うこともあります。たくさん乗るバス、あまり乗らないバスの差はありますが、乗り合う人数が増えれば増えるほど、1人あたりのCO2排出量が少なくなっていくことがイメージできると思います。
「低炭素」なのか「脱炭素」なのか
このように、乗り合うことで公共交通が環境に良くなることが分かったかと思います。しかし、それだけで良いのかというところでは、世の中はもう1歩先に進んでいます。
以前はCO2排出削減の取り組みでは「低炭素」という表現が使われていました。しかし、近年では「脱炭素」や「カーボンニュートラル」という表現が使われるようになってきています。つまり、これまでは排出する炭素(CO2)を低くくするという取り組みだったものから、排出する炭素をゼロにする取り組みに変わってきているのです。
公共交通の利用は乗用車に比べて低炭素には貢献しますが、どんなに乗り合ってもゼロになることはないので脱炭素は達成できません。脱炭素を達成するためには、乗り合いの促進に加えて、車両そのものを従来の化石燃料による内燃機関から、再生可能エネルギーを活用した電動化へ転換することが必要不可欠です。しかし、車両を電動化したからといってすぐに脱炭素が達成されるわけではないという次の課題については、電気自動車って本当に環境に良いの?をご覧ください。