担当:福本雅之(合同会社萬創社)
地域公共交通計画に基づいて、地域公共交通ネットワークの整備をしますが、その効果はどのように評価すべきでしょうか?
「行ける・行けない表」を作ってネットワーク整備の効果を把握してみましょう。
地域公共交通ネットワークの整備効果を評価する視点
交通計画の教科書の1ページ目に書かれていることですが、多くの交通は派生需要です。何かの活動(学校で勉強をする、会社で仕事をする、買い物をする、など)を果たすために、その活動を行うことができる場所(=目的地)まで移動するためにやむを得ず行うのが「交通」であって、本来の目的を達成するために付随して派生的に生じる需要であるという意味です。
したがって、地域公共交通ネットワークの整備効果は、本来の目的である活動を行う場所に行きやすくなったどうかを評価する必要があります。では、そのための評価方法はどのようなものが考えられるでしょうか。
公共交通カバー率(空白地区)
地域公共交通ネットワークの整備に取り組む際、実務的にもっともよく使われる指標が公共交通カバー率、あるいはその裏返しである公共交通空白地区です。
考え方は単純で、駅やバス停が利用者を集められる範囲(駅勢圏、バス停勢圏)を地図上に描き、その範囲(もしくはそこから外れる範囲)がどの程度の割合存在するのかを表現することで、公共交通サービスを利用できる(できない)度合いを測るものです。面積でなく、人口(公共交通カバー人口)で表現することも多いですが、この場合であっても実際の人口を反映していることは稀で、面積按分による推計値であることが多いです(面積按分による人口カバー率算出の技術的な問題点はいろいろありますが、別の機会に譲ります)。
公共交通カバー率は視覚化しやすく、カバー率も○%とわかりやすいためよく用いられますが、その算出根拠である駅勢圏、バス停勢圏の適切な値が確立しているわけではありません。特に、駅勢圏やバス停勢圏を広く設定してしまうだけで、何もしなくてもカバー率は広がる点にも注意が必要です。
公共交通空白地域については、こちらの記事もご覧ください→公共交通空白地域とはなんですか?
時間到達圏
地域公共交通の例ではありませんが、かつて山口県では「県土1時間構想」という計画に基づいて道路整備を進めていました。この計画は、山口県内のどこからでも県庁のある山口市まで1時間以内でアクセスできるように道路整備をしようというものでした。この例のように、例えば市の中心地から公共交通を用いて○分以内で到達できる範囲を等高線のように表現し、市内すべての地区を1時間以内に収めることを目標にする、といった考え方が時間到達圏です。
この場合に注意が必要なのは、バスや電車に乗ってさえしまえば1時間で着くとしても、運行便数が少ないような場合には待ち時間を考慮しなければならないことです。待ち時間について交通計画の分野では「平均待ち時間」という考え方が良く用いられます。平均待ち時間は、平均運行間隔の半分(例:2時間に1本の運行間隔の場合、平均待ち時間は1時間となる)と設定することが多いです。
ただし、公共交通の場合、移動時間や待ち時間もさることながら、用事に間に合うように到着できるか(例えば、学校の始業時間までに着けるか、病院の診察後に家に帰ることができるか、など)が最も重要であり、便数の少ない地方部の公共交通ネットワーク評価で時間到達圏を用いても、実際の移動利便性を表現するには難があります。一方で、運行本数が多い都市であれば、時間到達圏を用いた公共交通ネットワークの利便性評価は有効な場面があるでしょう。
参考文献:深井浄: 県土1時間構想の実現をめざして–山口県地域交通の課題, 運輸と経済, Vol.48, No.7, pp.62-66, 1988.
アクセシビリティ指標
交通ネットワークの整備効果について、学術的に評価する際によく用いられるのがアクセシビリティ指標です。アクセシビリティ指標とは、文字通りアクセシビリティ=任意の地点への到達しやすさ、を数値として算出するものです。
算出の考え方には様々なものがありますが、代表的なものとして、目的地までの移動に必要なコスト(金銭的な費用だけでなく、移動にかかる時間、待ち時間、移動中の快適性なども総合的に考慮して、合成値として算出する)が大きくなるほど、アクセシビリティが下がるというものです。
アクセシビリティ指標は交通ネットワークの利便性を定量的に表現することができる利点がありますが、算出の条件設定が難しいことや、算出に専門的な知識やソフトウェア、プログラミングなどが必要なことから実務で用いるのは現実的ではありません。
行ける・行けない表
地域公共交通ネットワークを整備する政策的な目的は、移動しやすい環境を作り出すことによって、より多くの住民が様々な活動にアクセスできるようにすることです。地方都市の公共交通計画においては、通学や通院、買い物施設・鉄道駅・公共施設へのアクセスなどが特に重視されるでしょう。
時間到達圏の項でも述べましたが、単に行けるかどうか(路線図上で線がつながっているかどうか)だけでなく、始業時間や診察時間に間に合うかとか、用事を済ませた後に自宅に帰ることができるかといったことも重要になります。
そこで、ある一定の単位の地区(町字や自治会、学区など)から、学校や病院といった「目的地に行って」「用事を済ませて」「地区まで帰る」ことができるかを整理した表を作ると、公共交通サービスが不十分な地区を把握することができます。筆者はこれを「行ける・行けない表」と呼んでいます。
行ける・行けない表の例
「行ける・行けない表」と同様の考え方をすでに実施している例があります。青森県では県内の路線バスネットワークの検討の一環として、各市町村から高校・病院・中心街にアクセスできるかどうかの整理をしています。
行ける・行けない表の作り方
「行ける・行けない表」は、地域公共交通ネットワークの整備効果を「活動に着目して」表現できるというメリットがあります。また、地区の単位や対象とする目的地も様々に設定が可能です。
筆者が単一の市を対象として「行ける行けない表」を用いた分析を行う場合の基本的な設定をご紹介しておきます(無論、分析の単位や目的によってこの設定が適切ではない場合も多くあります)。
居住地側の設定
居住地側の地区の単位は中学校区を設定することが多いです。中学校区内に駅やバス停があれば、徒歩や自転車でアクセスすることは比較的容易だと考えているためです。ただ、高齢者向けの施策などを考える場合にはもう少し解像度を上げる方が良いと思うので、小学校区や自治会くらいの単位とする方が良いでしょう。逆に、町字単位にしてしまうと作業が大変になってしまうので、ほどほどの解像度としましょう。
目的地の設定
これも対象者の設定によって、どういう施設を対象とするのかが変わってきますが、地域公共交通計画を策定するような場合であれば、高校、総合病院、スーパー、駅、市役所などを考えることが多いです。この際、目的にもよりますが、目的地に複数の選択肢があるかどうかが重要だと考えています。
例えば、総合病院の場合、最寄りの1カ所に通院できれば十分でしょうが、高校を考えてみると、ある地区から通える高校が1つしかなければ、学力や部活動などに応じて進学先を選ぶことができません。このため、高校には最低2校以上通えるかどうかをチェックするようにしています。
行ける・行けないの判定
先にも書いたように、路線図でつながっているかだけでなく、始業時間や診察時間に間に合い、用事を済ませて帰ることができるダイヤになっているかどうかも含めて判断します。
市町村合併によって市域が広域化している場合もあるので、例えば片道1時間以上の場合は「行けない」という判定にするなどのルールを設けても良いでしょう。
地域公共交通ネットワークの構成によっては、乗り換えが必要になる場合もあると思いますが、そうした場合には乗り継ぎ回数が2回以上の場合は「行けない」と判定するなどのルールも必要になります。
運賃についても、片道●円まで、といった条件で判定するルールを設けても良いでしょう。
マスの埋め方
行ける場合は○、行けない場合は×を入れていくのが基本ですが、○の代わりに具体的な路線名を記入する方法もあります。こうすることで、「地区Aはコミュニティバス■■線がなくなると、総合病院に通院できなくなる」とか「廃止の申し出があった路線バス▲▲線は、なくなったとしても通学や通院ができなくなる地区は生じない」といったことが具体的に分かるようになり、ネットワークの観点から各路線の必要性を議論できるようになります。
行ける・行けない表を作ってみましょう
「行ける・行けない表」では、対象とする地域の広さや公共交通ネットワークの形状などによって様々な条件を設けて分析をすることが可能です。
新たな公共交通サービスを導入した場合、行ける判定の地域が拡大するので、公共交通施策の効果をわかりやすく把握できますし、目的地側の施設に立地の変化があった場合にももちろん対応できます。
専門的なソフトウェアや計算は不要で、地図と時刻表があれば誰でも行えるのが「行ける・行けない分布表」を用いた分析です。皆さんも、一度やってみてはいかがでしょうか?