担当:井原雄人(早稲田大学スマート社会技術融合研究機構)
はじめに
このトリセツは、皆さんのお困りごとに対し、逆引きでその解決方法を学べる仕組みとなっています。
しかし、人事異動などでいきなり交通担当になった方などにとっては、そもそも自分が何に困っているのかわからないということもあるかもしれません。ここでは、自分が何に困っているかを【哲学編】【調査編】【計画・評価編】【実施・運用編】に分けて解説します。
【哲学編】何故やるのかがわからない方
上司からいきなりこんなことを言われて困ったことはありませんか?
- 利用者を増やして公共交通を「改善」せよ!
- 隣の町もつくったからうちも地域公共交通「計画」を作れ!
- 住民から陳情があったので「何かやれ!」
- 市長の公約だからデマンドを導入すること!
本来、公共交通を「改善」するために「計画」を作り、その中で具体的に「何かをやる」方法を考えるという順番があります。そもそもそれ以前に、公共交通施策に何故取り組まなければならないのかを考える必要があります。
- 上司に言われたからやるのですか?
- これは必ずしも悪いわけではありません、上司の頭の中には何故やるのかの理由があり、それを達成するための役割分担をしているだけかもしれません。
- 欠けているのは、何故やるのかを共有することです。それを共通の目標しながら自分の役割を果たしていきましょう。
- 公共交通のためのやるのですか?
- 交通担当であればこれが間違いではありません。公共交通を守るだけでなく、その結果として移動する人(利用者)・移動した先(目的地)がどうなるかまで考えましょう。
- 移動をする人々を支える手段が交通ですから、人々の移動の目的を知り、それにふさわしい仕組みを考えることが大切なことです。
- 移動する人(例えば高齢者)、移動した先(例えば商店街)は隣の部署の仕事かもしれません。一緒に取り組んでくれる隣の部署に仲間を増やしましょう。
- 地域のためにやるのですか?
- 隣の部署と一緒に取り組めたらそれはもう地域のためです。
- あなたも来年には異動して隣の部署かもしれません。でも、10年たったら周りは公共交通に関心を持つ味方だらけになっているかもしれません。これも取り組みを持続可能にするための一つの方法です。地域のためにやるのですか?隣の部署と一緒に取り組めたらそれはもう地域のためです。
- それは本当にできますか?
- 何のためにやるかがわかったところで一歩立ち止まりましょう。
- 現状の法律や制度に照らし合わせてみましょう。それができれば便利になるかもしれませんが、安全でないものもあるかもしれません。本当にそれをやって良いのかという確認することが必要です。
- 逆に、規制するものだけではなく、導入を支援してくれる補助制度があるかもしれません。必要なところでは国の支援を活用していきましょう。
【調査編】何が課題かわからない方
改善せよと言われても、何が課題かわからなければ改善しようがありません。そのためには、現状を把握するための方法を知らなければいけません。
現状を知るためには、各種の調査によって取得されたデータを分析することが必要です。しかし、一口にデータと言っても、様々な種類があります、それらの違いを理解し、必要に応じて組み合わせることが重要です。
- 統計データ:交通センサス、パーソントリップ、人口・人口密度・高齢化率など
- 運行計画データ:GTFS-JPデータ、仕業データ、路線・ダイヤ等のデータなど
- 運行実績データ:GTFS-RT、バスロケログ、遅延情報など
- 利用実績データ:乗降記録、OD、ICカードなど
例えば人口密度と路線データと組み合わせれば、需要が多い地域がわかりますし、実際に走らせた際にODデータと組み合わせれば、それが本当に正しいのか検証できます。
もう一つ重要になるのがデータの読み取り方です。同じ系統の利用者数であっても、始点から終点まで満遍なくお客さんが乗っている便もあれば、途中からほとんどお客さんが乗っていない便もあります。例えば、それが高校を経由する便であれば、朝夕は途中の高校での乗降が多いからと推測できます。このようにそのデータから何が読み取れるか(推測できるか)を身につけていきましょう。
【計画・評価編】:改善する方法がわからない方
何が課題か分かったらそれを改善するための方法を考えなければいけません。
自動運転とかMaaSなどの注目されている最新技術を取り入れたとしても、必ずしも課題が解決できるとは限りません。自分たちの課題にあった移動手段を選択して、改善のための計画を立てることが重要です。
そのために、他地域の成功事例を視察に行くことがあるかと思います。しかし、地域の事情を踏まえずに見た目だけをコピーした結果、上手くいかないことも少なくありません。
また、計画と必ずセットにしたいのが、それを実施した際の評価をどのようにするかです。公共交通の評価というと年間利用者数や1便あたりの利用者数、お金のことまで踏み込むと、収支率や1人当たりを輸送するために掛かっているコスト、というようなものが評価指標となってきます。移動の利便性を評価するにあたっては、金銭的に効率的なのか時間的に効率的なのか、複合的な指標で考えることも必要となります。
さらに、公共交通の評価はこれだけではありません。【哲学編】でも示したように移動する人・移動した先に与えている効果も含めて考えることが重要です。高齢者が外出するようになれば、病気を未然に防ぎ社会保障費の削減に繋がるかもしれませんし、移動した先の商店街が活性化して税収が増えるかもしれません。こういった公共交通が周辺に与える効果まで含めて、定量的に評価できる数値目標を設定していきましょう。
【実施・運用編】やり方がわからない方
公共交通を何故守らなければらないかを理解し、そのための課題を把握した上で、しっかり評価できる良い計画ができたら、後はやるだけです。
しかし、実際にやろうとしてみると計画通りにはいかないものです。取り得る方法が多様にありすぎて、課題ごとにどの手段を組み合わせるのが最適かを考えるのは簡単なことではありません。手段ごとにどんな特徴があり、どんな時に有効かをしっかり把握しましょう。
これに加えて、「その取り組みが持続可能なものであるか」は共通的に重要な視点となります。
お金の視点では、取り組みを行うための初期費用だけでなく維持費用を含めて考えることが重要です。逆に、ある程度利用者がいて維持費用は賄えても、何年かに1回必要な車両の更新費用が捻出できないというようなこともあるので、初期費用・維持費用・更新費用を含めて考えることが必要です。
また、関わる人の問題も忘れてはいけません。最初はやる気のある人が頑張っていたけど10年たったら続ける人がいなかったというのはよくある話です。交通事業者でも運転手不足の話が出る中で、自家用有償旅客運送などでも同じ問題が必ず出てきます。また、やる側の人だけでなく、乗る側の人も変わっていきます。10年たてばこれまで元気だった人が高齢者になったり、なんとか外出できていた高齢者がバス停まで歩けなくなっているかもしれません。このように乗る側の人も世代交代をしていきます。その結果、乗車の多い場所や行先なども徐々に変わっていき、それに即して取り組みの見直しも必要になってきます。
このように持続可能なものであるかという視点には様々な要素が含まれます。これらを複合的に考えて、実践しようとする取り組みを持続可能なものにするために、どうして行かなければいけないかを考えていきましょう。