鉄道の存廃問題における「上下分離方式」とはなんですか?

土井勉(一般社団法人グローカル交流推進機構)

有望な若手
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地方ローカル線で利用者数の少ない路線の存廃問題が話題になっています。そのときに上下分離ということばを聞くことがあります。何と何を分けることなのでしょうか?

トリセツメンバー
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車両の運行(上部)を担う主体と、線路など鉄道インフラ(下部)を担う主体を分離することで、運行を続けるための負担を軽くすることを意図した鉄道の存続形態のことを言います。

はじめに

 鉄道が運賃収入で運行経費を賄うことができれば、存廃問題などの議論はでることがないのですが、今や厳しい経営状況に陥っている路線は少なくない状況です。国土交通省の資料では2022年度の地域鉄道95社のうち約9割で赤字を計上していると述べられています。 地域鉄道とは、新幹線、在来幹線、都市鉄道に該当する路線以外の鉄軌道の路線のことで、中小民鉄及び第三セクターを合わせた鉄道事業者の総称です。2024年4月で96社があります。

 これら地域鉄道だけでなく、JR西日本の路線で、しばしば存続について話題となる芸備線などは極めて深刻な経営状況となっています。ここでは存続が厳しい路線・線区を地域ローカル鉄道と言うことにします。

 それぞれの地域ローカル鉄道の存続の議論は、鉄道事業者、沿線自治体、利用者、住民、産業など様々な主体の意向などで存廃についての多様な方向が出てくると考えられます。ここでは、地域ローカル鉄道の存廃問題と打ち手と、その中でも特に上下分離について説明をしたいと思います。

地方ローカル鉄道の存廃問題と打ち手

 鉄道の存廃問題はバスなどの公共交通とは異なり、移動の手段としての価値だけで考えることができません。鉄道の存在は、鉄道が走る景観的な価値や、存在することで地域の安心感を育む機能、様々な思い出のシーンとの連動など、情緒的な気持ちを想起させる力があります。

 地方ローカル鉄道には、人々の移動を支える機能としての価値だけでなく、存在することで拡がっていく、感情的な価値も含まれています。

 このことは、地方ローカル鉄道の存廃の議論においても、移動を支える交通手段の視点だけでなく、様々な価値観や視点が交錯し、議論がなかなか噛み合わなくなるという難しさにつながっています。

 さらに、鉄道は専用の線路や駅などの独自の施設群がないと運行できません。この点について、交通経済学・交通政策が専門の斎藤峻彦・元近畿大学名誉教授は「鉄道問題の厄介さは、鉄道のライバルである自動車、航空機、船舶が身軽に市場参入や退出ができ、市場の細やかな変化にも対応できるのに対して、鉄道だけが鈍重な牛のような体質から逃れられない」1)と表現しています。

 続けて、斎藤は「(他の交通手段は)品質や価格面で機敏に対応し、競争力を発揮できるのに対し、鉄道の場合はまず大量輸送の獲得により鉄道インフラ保有に関わる巨額の固定費の回収に務めなければならない。…固定費を含む総費用を前提に商業輸送を続けることには多くの困難を伴う」1)と述べています。

 このことは、鉄道を存続するためには鉄道インフラに関わる巨額の費用を誰が、どのようにして負担をするのか等について、冷静に考えることが必要であることを意味します。そして、斎藤の指摘から、一度廃線になると、その復活は極めて難しくなるということも考えておくことが必要になります。

 さて、地方ローカル鉄道についての存廃問題に対する打ち手として、次の3つが考えられると思います。

① 廃線(完全撤退やバスなどの代替移動手段の整備)

② 知恵を出して現行の仕組みで維持・存続

③ 上下分離方式など経営形態を変えて存続

 ここで、①の廃線については、既に多くの事例があります。

 例えば、2018年3月末に廃線になったJR西日本の三江線は、延長108km、35駅もありましたが、2008年度の輸送密度が83人というように、利用者数が少ないことに悩まされてきました。そこでJR西日本をはじめ沿線にある広島県・島根県や6市町などでは、存続についての取り組みが行われてきましたが、利用者を抜本的に増やすことができず廃線となりました。廃線により移動が困難となる人たちに対しては、様々な廃止代替バスの運行が行われることになりました。また、廃線後の駅舎周辺は公園などに活用されているものもあります。

 これとは別に、鉄道としては廃線が行われましたが、移動手段を確保するということで、幹線的な機能を持つバスの導入を行う場合もあります。2005年3月末まで営業を行っていた日立電鉄線(延長:18.1km、14駅)では、廃線の跡地を活用して「ひたちBRT(Bas Rapid Transit:バス高速輸送システム)」が運行されています。

 さらに筑波鉄道筑波線(40km,18駅)は1987年4月に廃止されましたが、線路敷はサイクリングロードとして整備されています。鉄道の路線は急激な高低差がないために、自転車の走行に適している場合があるのです。

 このように、全国で鉄道廃線後に、代替バス導入や、線路敷を活用し遊歩道や自転車道などの整備が行われているケースは少なくありません。

 次に②の現行の仕組みで地方ローカル線の維持・存続を継続している場合もあります。

 本来、存廃問題が浮上するということは、当該鉄道の経営状況などが悪化しているからであり、現行の仕組みのまま存続することは容易ではありません。

 しかし、兵庫県加西市の北条鉄道などでは、様々な知恵を出し合うことで利用者を着実に増やし、沿線市の財政的な支援を受けて存続することになりました。

 北条鉄道(延長:13.6km、8駅、うち7駅は無人)は兵庫県加西市と小野市を沿線とする地方ローカル鉄道です。北条鉄道株式会社は、1985年に旧国鉄から分離し、沿線の自治体などが出資をしてできた第3セクター方式の会社です。2019年度の輸送密度は700人であり、存廃問題が議論されてもおかしくない状況でした。

 長く利用者の伸び悩みが続き、経営も停滞していたのですが、2011年に川崎重工業の元副社長の佐伯武彦氏が北条鉄道株式会社の取締役(2012年副社長、2015年加西市副市長)に就任したことで、地域とのコミュニケーションが一気に加速することになりました。

 その効果は例えば、古い無人駅の改築に現れています。ボロボロだった駅舎も地元の有志の人たちの手でリニューアルされました。また寄付金を集めてトイレの改修や自転車置き場の新設など、これまで赤字の会社では行われなかった取り組みが進められることになったのです。さらに各駅には、様々な一芸に秀でた人たちをボランティア駅長として公募することで、地域の人たちにとっても、親しみやすく安全な駅が実現されることになりました。

 こうした活動を通じて北条鉄道の利用者は増加しました。とは言え、運賃収入だけで鉄道の運行を維持することは難しく、行政からの財政支援を受けて運行を継続しています。

 地域の人たちとコミュニケーションを続けることで、「マイ・レール、マイ・ステーション」意識が高まり、鉄道の存続については、議会をはじめ様々な意見が出ますが、廃線についての意見は出なくなりました。

 ただ、北条鉄道は単線なので、1時間に1本のダイヤの運行が限界でした。地域からは増便の要望が多くありましたがそれは不可能でした。

 これについても、佐伯氏の知恵と工夫で、ちょうど北条鉄道の全線の中間の駅となる「法華口駅」に、無人型の行き違い交差設備をわが国で初めて導入(2020年)して、朝は増便して1時間に2本の運行を行うことが可能となりました。これにより利用者の利便性を高めることができて、利用者数の増加につながりました。

 写真1.は北条鉄道の起点となる北条町駅に掲示されている看板です。ここには「応援は年一回の乗車から:北条鉄道」と書かれています。北条鉄道の存続についても、様々な意見があるのですが、先ずは乗車をすることが最大の応援になる、ということを市民の人たちに訴えているのです。北条鉄道の会社の姿勢がよくわかる看板になっています。

 こうした知恵と工夫で現行の仕組みで、地方ローカル鉄道が存続できる場合があることも知っておいてほしいと思います。

写真1. 北条鉄道北条町駅の「応援は年一回の乗車から」の看板(写真提供:加西市)

 ③の「上下分離方式など経営形態を変えて存続」については、3.で説明します。

上下分離方式という存続方策

 線路をはじめとする鉄道施設を構築し、維持管理を行い、車両を安全に運行するためには「鉄道インフラ保有に関わる巨額の固定費」が必要となります。

 この鉄道インフラを支える費用が足枷となって、多少の利用促進策を行っても赤字経営から抜け出すことができない地方ローカル鉄道も少なくありません。

 それなら、この鉄道インフラを、文字通りインフラとして鉄道経営から切り離して考えることができないでしょうか?

 これが鉄道の上下分離方式の発想の背景にあるものです。運行(上部)を担う主体と、線路など鉄道インフラ(下部)を担う主体を分離することで、運行を続けるための負担を軽くすることを意図したものなのです。

 

これは、路線バスに例えてみるとわかりやすいと思います。

 路線バスでは、バスの車両やドライバーなど運行に関わること(上下分離方式の上部に対応する)はバス事業者が責任を持つことになります。一方で路線バスが走行する道路(上下分離方式の下部に対応する)は、自治体などの道路部局が建設し、維持管理を行っています。そのため、バス事業者の収支については道路の建設費や管理費用などの影響はありません。

 これと同様に、地方ローカル鉄道について、上下分離方式を行うことで、線路など鉄道インフラ(下部)を鉄道事業者の経営から切り離し、列車の運行に専念できるような環境をつくりだすことを意図したものなのです。

 図1は、わが国の上下分離方式で多く採用されている、公有民営型による上下分離方式の概要についてみたものです。公有民営とは、下部の鉄道インフラを自治体など公共が保有し、上部としての鉄道の運行については民間企業に委ねるものです。

 上下分離方式では、上部と下部を担う事業者について、鉄道を運行する事業者(鉄道事業者)を第二種鉄道事業者、鉄道インフラを保有する第三種鉄道事業者と呼んで役割分担を明確にすることになっています。ただ鉄道事業のどこまでが、上部になり、下部はどこまでなのかについては、具体的に上下分離を行う際に、関係する自治体や鉄道事業者が協議をして決めることになります。

 ところで、第一種鉄道事業者とは何かが気になります。第一種鉄道事業者とは、鉄道の運行も鉄道インフラもまとめて保有し、鉄道の運行を行っている場合であり、JR各社や東急や小田急電鉄、阪神電鉄、阪急電鉄など多くの鉄道会社がこれに該当します。

図1. 「公有民営型の上下分離方式」

(滋賀県:第7回近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会資料、2021年6月より)

 この上下分離方式が地方ローカル鉄道の存廃問題解決の重要な打ち手であることが、近年特に認識されるようになってきました。

上下分離方式を支える地域交通法

 国土交通省ではバスや鉄道が抱える厳しい現状に対して、人々の移動の仕組みを守り育てるための制度として「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(略称:地域交通法)を創設し、そして時々に様々な法改正を行って、制度の充実を図ってきました。

 地域交通法では全国の自治体に、地域公共交通の望ましいあり方をまとめたマスタープランである「地域公共交通計画」の作成を努力義務としています。

 この地域公共交通計画に基づいて、鉄道やバスなど様々な公共交通の活性化に取り組む自治体に対して、政府が支援するメニューとして「地域公共交通特定事業」という制度があります。この地域公共交通特定事業の一つに、「鉄道の上下分離など」を推進する「鉄道事業再構築事業」が位置づけられています。政府としても、鉄道の上下分離等を推進することで、鉄道の持続可能性を高めて、地域の人々の移動手段の存続を図りたいという方針が提示されているのです。

 ただ、これまでに取り組まれてきた上下分離方式の事例の多くは、鉄道事業者の存続の危機が深刻になってから行われたものでした。

 したがって、上下分離は鉄道の「存続」を目的として実施されることが多かったのです。しかし、「存続」だけが目的では再び経営危機に見舞われて、再度の存廃問題が生じる恐れがあります。

 存続の危機が深刻になる前に、先手を打って上下分離方式を採用することで、経費のかかる下部を切り離し、鉄道事業者の経営に余力が生まれれば、鉄道の存続につながると考えられます。こうして存続した鉄道を生かして、沿線地域の行政や企業などと協働し、鉄道を活用したまちづくりの推進や利用促進策に取り組むという好循環につなげることが望まれます。こうした良好な関係ができると、廃線の危機を繰り返すことからも離脱できる可能性があります。これからの上下分離方式の導入は、こうした、まだ余力がある段階で実施することが期待されています。

 私が関わることになった近江鉄道では、まさにまだ多少の余力がある時に、民間企業として運営が困難であるとギブアップ宣言(2016年)が表明され、様々な議論の末に鉄道再生を目指すための方法として公有民営の上下分離方式を2024年4月に実現することができました。多少の余力がある時期であったからこそ、沿線地域とも連携をした鉄道の利用促進活動を推進していくことができ、実際に利用者増加につなげることができています。

 その意味では上下分離は鉄道存廃議論のゴールではなく、よりよい地域を創り出すための新しいスタートであると言うことができると思います。

 なお、上下分離方式については、ここで述べた公有民営型だけでなく、「みなし上下分離方式」など地域の状況に応じて様々なものが編み出されています。

 さらに第二種鉄道事業者についても欧州などでは、フリーアクセスということで、既存の鉄道事業者だけでなく、鉄道運営にノウハウがある事業者の参入がある場合もあります。

 もしかしたら、地域や状況によっては上下分離以外にも鉄道を存続する妙案があるかもしれません。上下分離であってもそうでなくても、鉄道を存続させることを目的とするのではなく、鉄道を活用して、望ましい地域の姿を描くという本来の目的を忘れずに取り組みを進めることが大切です。 

■参考資料

1)斎藤峻彦:「鉄道政策の改革:鉄道大国・日本の『先進』と『後進』」、pp.28、成山堂書店、2019年