担当:福本雅之(合同会社萬創社)
オンデマンド交通って万能な移動手段だから、あちこちで導入されているんでしょう?
本当に万能なのか、事例のデータから考えてみましょう。
オンデマンド交通って本当に万能なの?
利用が少なくなったコミュニティバスの代替交通機関として、オンデマンド交通を導入する地域が増加しています。利用者がいてもいなくても走らなければならない定時定路線のコミュニティバスに比べ、予約のあるときだけ走るオンデマンド交通は効率的なように見えます。利用者としても、タクシーのように使いたいときに行きたいところへ連れて行ってくれるオンデマンド交通は利便性の高い乗り物です。
最近では、「AIによる配車を行うことで運行の効率性を高められる」との触れ込みで、大都市部から地方都市までさまざまな地域でオンデマンド交通の導入が進められており、手詰まり感のある路線バスに対して、あらゆる交通問題を解決する特効薬のような期待がオンデマンド交通にもたれているような雰囲気さえあります。
果たしてオンデマンド交通は万能な移動手段と言えるのでしょうか? 今回は導入事例において公表されている資料を読み解くことで、オンデマンド交通の輸送能力について考えてみることにします。なお、オンデマンド交通にもさまざまな類型がありますが、ここでは近年のAIオンデマンド交通で一般的な、運行ダイヤを設定せず、乗降地点(ミーティングポイント)を運行地域内に密に設定するタイプを対象とします。
対象とする事例
AIオンデマンド交通の導入例は増加していますが、輸送能力を考えるだけの資料が公表されている例は限られています。今回はその数少ない例である、大阪市の大阪シティバスのオンデマンドバスと、塩尻市ののるーと塩尻を題材にしようと思います。両者とも、ミーティングポイントを運行地域内に多く設定した上で、運行時間帯の間であれば予約に応じてリアルタイムで配車を行う運行方式ですが、大阪シティバスは人口密度が高く、狭いエリアでの運行事例であり、一方ののるーと塩尻は人口密度が低く、広いエリアでの運行事例であるため、この両者を見ることで、おおよそオンデマンド交通の輸送能力を知ることができると考えます。
大阪シティバスのオンデマンドバスのデータを読み解く
大阪シティバスのオンデマンドバスは、「キタ・福島エリア」「生野エリア」「平野エリア」の3エリアで運行されており、予約状況や利用状況について、エリア別にまとめられたデータが大阪市地域公共交通会議の資料として、大阪市のウェブサイトで公開されています。
この資料に掲載されているグラフ(13-15ページ左下のグラフ)によると、いずれのエリアにおいても、1台の車両が1日あたりに輸送している人数は40人前後と読み取れます。オンデマンドバスの運行時間は6~23時の17時間ですが、1台の車両が17時間走りっぱなしということは考えられず、ドライバーの労働時間を考えると、1台あたり8~10時間程度の稼働だと考えられますので、1時間あたりに1台の車両が運んでいる人数は4~5人程度と推測されます。
同じ資料の別のグラフ(13-15ページ左上のグラフ)によると、いずれのエリアにおいても、予約の成立状況は50~60%であることから、大阪シティバスのオンデマンドバスは、需要に対して供給が追いついていないと考えられます。
以上のことから、オンデマンド交通の輸送能力として、1時間あたりに1台の車両が運べる利用者数の限界値は4~5人程度ということが推察されます。
のるーと塩尻のデータを読み解く
のるーと塩尻は塩尻市のうち、概ね市町村合併前の旧塩尻市全域にて運行されています。塩尻市地域公共交通会議兼協議会の資料として利用状況が公表されています。
資料のグラフ(18ページ(資料No.1 P14))には、30分ごとの利用者数が示されています。これらをすべて足すと平日の利用者数は約160人/日ということがわかります。運行時間は1日13時間と同じグラフから読み取れます。ただし、車両が13時間走りっぱなしと言うことは考えられませんから、やはり1台あたり8~10時間程度の稼働だと考えられます。
同じ資料の別のページ(45ページ(資料No.3 P13))に、平日の使用車両台数は5両という記載がありますから、1台あたりが1日に運んでいる利用者数は30人程度。このことから、1時間あたりに1台の車両が運んでいる人数は3~4人程度と推察されます。
別のページ(16ページ(資料No.1 P12))において、予約数に対してキャンセルが発生していることが触れられていますから、のるーと塩尻も需要に対して供給が追いついておらず、1時間あたりに1台の車両が運べる人数の限界値は3~4人程度であると言えます。
両者のデータからわかるオンデマンド交通の輸送能力
以上、大阪市と塩尻市という地域状況の異なる2つの事例について、公表されている資料から輸送能力を読み取ってみた結果、大都市部であろうと、地方部であろうと、オンデマンド交通で1台1時間あたりに輸送できる人数に大差はなく、その値は3~5人程度、ということがわかります。
※正確には、この単位は「人」ではなく「組」と言った方が良いのですが、多くの利用者が1人で利用していることを考えると、「人」と考えても差し支えないでしょう。
大阪市のように需要の密度が極めて高い地域においても、この程度の利用であるということは、システム設計者の想定に反して、利用者同士のODが重なることは稀で、多くが個別輸送になってしまっているということが推察されます。塩尻市のような需要密度の低い地方部においては言わずもがなです。
個別輸送で1時間あたり数人の利用者を相手にするのであれば、それはもうタクシーで良いのではないかとも考えられます。
これらの事例の示すデータから言えることとして、オンデマンド交通は、巷間言われているほど効率的でもなければ、輸送能力の高い乗り物とも言えないようです。ただし、利用者のニーズに応じた移動を提供できるという利便性の高さを持つ乗り物ではあります。こうしたオンデマンド交通の特性をよく理解した上で、公共交通政策の中でどのような役割を担うべきなのかを一度冷静に考え直す時期に来ているのではないでしょうか?