担当:土井勉(一般社団法人グローカル交流推進機構)
福本雅之(合同会社萬創社)
イラスト:中嶋伸恵(合同会社おでかけカンパニー)
あなたは「世界がもし100人の村だったら」(池田香代子再話、C.ダグラス・ラミス対訳、マガジンハウス)という絵本をご存知でしょうか?世界を100人の村に置き換えて、人の多様性を捉えるきっかけをつくってくれるお話です。
これは、地域公共交通版の「世界がもし100人の村だったら」です。これがあなたにとって地域の公共交通を考えるきっかけになれば幸いです。
「100人の村で地域公共交通を考える」の動画版ができました!
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村の構成
100人の村では、30人がお年寄りです。60人が大人です。そして10人が子どもです。
100人のうち、70人の人はクルマを持っています。30人の人はクルマを持っていません。
お年寄りの移動
まずは、お年寄りの移動について見ていきましょう。
クルマを持っているお年寄りは、クルマに乗って買い物に行っています。
クルマを持っていない10人のお年寄りは、歩いて買い物に行っています。人によっては息子夫婦に送迎してもらっている人もいます。
買い物に行けなくて困っているお年寄りは、見当たらないように思えます。
でも、クルマを持っていないお年寄りを一人ひとりを観察すると・・・
- 本当はアイスクリームが好きなのだけど、遠くのスーパーにしか売っていないので帰りに溶けてしまい食べられない人がいます。
- 本当は2日に1回は買い物に行きたいのだけど、息子夫婦に送迎してもらうのを遠慮して、週に1回で我慢している人がいます。
- 本当は野菜を食べたいのだけど、重くて持って帰ることができないのでカップ麺ばかり食べている人がいます。
クルマを持っているお年寄りはどうでしょうか?
- 買い物先のスーパーの駐車場で、車庫入れに手間取るようになってきた人がいます。
- クルマで買い物に行こうとするたびに、家族に「危ないから運転しないで」と言われる人がいます。
一見すると買い物に行けなくて困っているお年寄りはいないように見えましたが、一人ひとりをじっくり観察すると実はいろんな問題があることが見えてきました。
子どもの移動
次に、子どもの通学について見てみましょう。
- 子どもたちは10人全員、クルマを運転することはできません。
- 学校に近い子どもたちは歩いたり、自転車に乗って通学しています。
- 学校から遠い子どもは、親に送迎してもらっています。
学校に行けなくて困っている子どもは見当たらないように思えます。
でも、一人ひとりを観察すると・・・
- 帰りのお迎えの時間が限られているので、クラブ活動を諦めている子がいます。
- 希望の学校に通学する手段がなかったので、進学をする機会に家族で街中に引っ越してしまった子がいました。
一見すると学校に行けなくて困っている子どもはいないように思えましたが、一人一人をじっくり観察すると、やはりいろんな問題があることが見えてきました。
お母さんの送迎
高齢者や子どもたちがいる家庭の主婦=お母さんの移動を見てみましょう。
- おしゃれな軽自動車がお気に入りです。
- このクルマに乗って仕事に行ったり、買い物や友人と会うことができます。
でも、お母さんの生活を見ると、
家族の送迎などをすることも多くありそうです…
- 子どもたちの通学のために駅までクルマで送り迎えをしたり、塾の送迎をしているお母さんがいます。
- 同居しているお年寄りを病院まで送り、駐車場で診察が終わるまで待って一緒に家に帰るお母さんもいます。
こうして一日中、送迎をしているお母さんも少なくありません。送迎の回数が多いとフルタイムで働くことが難しくなります。気がつけば送迎で一日が暮れていくような日も少なくありません。
実は大人でも自由にクルマを使うことができない人たちもいる
この村はクルマを持っていると、どこへでも自由に出かけることができるとても便利で魅力的な地域なのです。7割の人たちがクルマを持っているので、クルマを持たない3割の人たちのことが見えないことがあります。子どもはクルマを持っていませんが、10人の大人も10人の高齢者もクルマを持っていません。
- 運転免許を持っていない人
- クルマを購入し、維持する費用は年間70万円ほどですから、結構な負担になります
こうした人たちの移動も主に、徒歩が中心となりクルマを持たない高齢者と似たものになります。仕事に通うことができる範囲も限定されたものになりそうです。
バスを走らせる方法を考える
この村で、クルマを持っていない人たちの移動を考えて新たにバスを走らせる計画が持ち上がりました。バス会社が言うには1日の乗客が80人以上でないと赤字で運行を続けることができないとのことです。
この村でクルマを使えない人は30人です。全員が往復でバスに乗ったとしても1日60人にしかなりませんから、このままでは赤字続きになってしまいます。
一体どうすればバスを走らせ続けることができるでしょうか?
一つの方法は、赤字額を村役場がバス会社に支払うことです。
でも、バスを使わない住民からは文句が出そうです。「バスなんかに使わないで、もっと道路を広くしろ!」と。
別の方法でバスを走らせることはできないでしょうか。
バスを走らせれば、お年寄りたちはバスに乗って買い物に出かけるようになります。
買い物先の商店は売り上げが増えますから、バスの運行に協力してもらえないでしょうか。
例えば商店から協力金や広告掲載とセットでお金を集めることで、バスの赤字を補填する方法はありそうです。
さらに他の方法を考えてみましょう。
クルマを持っていない30人の人たちが全員バスに乗るとすれば、利用者は1日60人。あと20人の利用者を増やせばいいのですから、運転が苦手な人も、クルマ利用を控えてバスに乗ってもらうことはできないでしょうか?
仮にお年寄りの人たちの10人と大人の5人がバス利用に転換してもらうと往復では30人の利用者になるので、合計で一日90人の利用者となり80人を超えるのでバスの運行は継続することになります。
さらに、送迎してもらっていた高齢者の人たちの外出が増えると、バスは1日90人の利用を超えて黒字になります。
また、通勤でも使いやすいバスになれば、クルマ通勤の人たちがバスに転換することも期待できます。さらに黒字が増えそうです。
こうして利用者が増えると、バスの運行頻度などのサービスが改善される可能性があります。サービスが改善されるとさらに利用者が増えることが期待できます。
バスが村のくらしを変える
こうした議論を経て、バスを走らせることになりました。
村の人々の生活はどう変わったのでしょう?
- 今まで歩いて買い物に行っていたお年寄りは、今ではバスで行くお店でアイスクリームを買って、食後に食べるのを楽しみにしています。
- 運転が大変だけど、無理をしてクルマで買い物に行っていたお年寄りは、今ではバスに乗って友達とおしゃべりしながら買い物に行っています。
- 新しくバスが走るようになったので、クラブ活動に参加できるようになった高校生がいます。
- 希望の学校にバスで通えるようになった高校生もいます。
- 週に1回のバス通勤をしたところ、バス停まで歩くので運動不足の解消になることに気がついて、クルマ通勤をやめた人がいます。
- 健康な人が増えたので、村の医療費負担が少なくなりました。
- 家族の送迎をする時間が多かったお母さんは、送迎の負担が減ったのでフルタイムで働くことができるようになり、仕事を通じて生きがいを得ることができるようになりました。同時に所得も向上することになりました。
- クルマからバス通勤に変えた人が増えて渋滞が解消し、道路を広げる必要がなくなりました。
- バスに乗って買い物に来る人が増えたので、村の小さな商店街でも人通りが多くなり、賑やかになってきました。
このバスが走ったことによって、一人一人の移動がしやすくなり、生活が豊かになっただけでなく、地域全体にも良い効果があったようです。
バスや鉄道、様々なコミュニティ交通を地域にふさわしいものとしてデザインすることは、100人の村の人びとの外出=移動しやすさ=モビリティを大きく変えるものになります。
皆さんの地域はここで見た100人の村よりも恵まれている地域もあれば、もっと厳しい状況の地域もあるかと思います。
どこにおいても、地域の足を支えることは魅力的な地域づくりにつながっていきます。
ここで見たように、誰を対象としてモビリティを支えるのかを解きほぐしていくと答えの道筋が見えてくるのです。こんな地域づくりを一緒にやりませんか。
参考文献
世界がもし 100 人の村だったら(池田香代子、C.ダグラス・ラミス)、マガジンハウス