「行ける・行けない表」の作成方法 Version1.0

担当:福本雅之(合同会社萬創社)

「行ける・行けない表」ってなんだろう?

「行ける・行けない表」の考え方や作り方について解説します。

はじめに

 各地で自治体による地域公共交通政策が行われています。特に、地域交通法によって自治体による地域公共交通計画の策定が努力義務化されたことを受けて、多くの自治体が地域公共交通計画に基づく地域公共交通政策を進めています。

 自治体が地域公共交通政策を行う目的は、住民が移動しやすい環境を整えるためです。地方部においては自家用車が移動手段の主役になっているとは言え、自家用車を利用できない高校生の通学手段や、高齢者の通院手段として地域公共交通は重要です。

 地域公共交通政策を行った結果、移動しやすい環境を整備するという目的が達成されたかどうかを判断するためには、地域公共交通の「性能」について評価することが必要です。

 ところが、実際の地域公共交通政策では、民間事業者が従来から運行しているサービスを維持する取組に留まることが多いのが実態です。

 各地域において地域公共交通の望ましい姿を描き、その実現を目指すものが地域公共交通計画であるとするならば、望ましい地域公共交通の姿を具体的に表現し、それが実現できたかどうかを評価することが不可欠です。

 こうした問題意識を背景として、公共交通の性能をネットワークとサービスレベルの両面から表現し、評価する手法を提案するのが「行ける・行けない表」です。

地域公共交通の性能評価に必要な視点

 地域公共交通の性能は、a)ネットワークとb)サービスレベルのそれぞれについて、その「量」と「質」を表現することで説明できると考えられます。

ネットワーク

 ネットワークは、地域内に線的に配置される路線や運行系統により構成されます。

 ネットワークの「量」である路線や系統の整備状況は、路線延長や公共交通カバー率という形で定量化して表現することができます。路線図や公共交通マップ、公共交通カバー図のように可視化することも容易です。

 一方、ネットワークの「質」は、出発地から目的地までの連続性、言い換えると、いかに待ち時間や迂回路がなくスムーズに移動することができるネットワークの形状となっているかということだと考えられます。最短距離・最短時間に近いほど質が高いと言ってもいいでしょう。起点・終点間を直行する場合は単純ですが、現実には複数の路線を乗り継がなければならないこともあるため、乗り継ぎ回数、待ち時間を含む移動時間、移動距離を考慮して総合的に判断すべきものと言えます。

サービスレベル

 サービスレベルは、各運行系統の運行ダイヤに基づいて提供される輸送力です。

 サービスレベルの「量」は、運行本数や実車走行キロ(運行本数×系統の距離)として定量的に表現できます。

 サービスレベルの「質」は、これら輸送力がどのように時間的に配分されているかということで表現できます。つまり、ある1日を考えたときに、①運行時間帯:何時から何時までサービスが提供されているのか、②運行間隔:サービス提供時間中にどのような間隔で便がやってくるのか、③ダイヤ設定:その時刻に運行されていることによってどのような移動目的が達成できるのか、の3点が重要です。

地域公共交通の性能表現

 ネットワークとサービスレベルの量と質という観点から、地域公共交通の性能についてまとめたものを表-1に示します。

表-1 地域公共交通の性能表現

 なお、この表中には運賃・料金を要素として含めていません。運賃・料金は、ネットワークとサービスレベルによって実現される移動への対価であるため、ネットワークとサービスレベルとは密接に関連するものの、両者の要素と捉えるべきではないと考えるからです。

 表-1に示した4つの要素のバランスが取れていないと利便性の高い地域公共交通にはなりませんが、現状では、バスマップという形で可視化しやすいネットワークの「量」には意識が向いても、サービスレベルの「量」である運行本数についてはあまり意識されているとは言いがたい状況です。さらに、この両者の「質」について十分に考慮されている取組は少数ではないかと思われます。この結果、ネットワークは十分に整備されているにもかかわらず、そのサービスレベルが貧弱であるなど、実態として「使えない」地域公共交通になることも生じがちです。

「行ける・行けない表」の提案

 「ネットワーク」と「サービスレベル」の「量」と「質」という4つの要素を考慮して地域公共交通の性能を評価するために、「行ける・行けない表」という表現方法を提案したいと思います。以下、「行ける・行けない表」について説明します。

「行ける・行けない表」の概要

 地域公共交通ネットワークを整備する政策的な目的は、人々が地域内に存在する様々な施設にアクセスできるようにすることで、豊かな社会生活を送ることができるようにすることです。特に、地方部や中山間地域での地域公共交通政策では、教育機関や医療機関、買い物施設、鉄道駅、公共施設といった目的地へのアクセスが重視されることが多いでしょう。

 目的地へのアクセス性が十分に確保できているかという観点から地域公共交通の性能を評価するためには、路線がつながっているかどうかということだけでなく、「目的地に行って」「用事を済ませて」「帰ることができる」ネットワークやサービスとなっているかを表現することが必要です。

 そこで、ある地区から、公共交通を用いて学校や病院といった目的地に行って、用事を済ませて、帰ることができるかを整理した表を作成することを提案します。この表を「行ける・行けない表」と呼びます。

「行ける・行けない表」の作成

 「行ける・行けない表」は、地域公共交通ネットワークの性能について、目的地での用足しができるかどうかを考慮して表現するものです。また、地区の単位(解像度)や対象とする目的地も任意に設定することができるという特長があります。

 地方部の市町村が地域公共交通政策に用いるために、「行ける・行けない表」を作成する際の基本的な設定の例を以下に示します。

居住地側の設定

 居住地側は、合併前の市町村や中学校区などの一定の地理的あるいはコミュニティのまとまりを持つ単位とし、その地区の中心的な駅やバス停を代表地点として設定します。具体的には、代表地点については、旧市町村の役場の最寄り駅・バス停や、地区で最も乗降客の多い駅・バス停とすることが良いでしょう。

 地区の単位(解像度)については、細かくすると詳細にアクセス性を把握できる反面、作業が煩雑になってしまいますので、分析の目的に応じた適切な大きさに設定します。具体的には、市町村の地域公共交通計画の策定に用いる場合、駅やバス停まで徒歩で移動できる範囲とすることが望ましいことから、小学校区や中学校区が一つの目安として考えられるでしょう。一方、都道府県の地域公共交通計画や複数の市町村からなる生活圏での施策検討、地域間幹線系統を対象として検討を行う場合には、平成の大合併以前の市町村区分とすることが適当と考えられます。

目的地の設定

 地域公共交通政策の目的や対象者の設定によって、どのような施設を目的地として取り扱うのかを決めます。高校、総合病院、主要駅、市役所などが代表的なものと考えられ、その最寄り駅・バス停を設定します。

行ける・行けないの判定

 路線図でつながっているかだけでなく、①用事に間に合うか、②用事を済ませるだけの滞在時間が確保できるか、③用事終了後に速やかに帰路につけるか、という観点からダイヤ設定の妥当性を判断します。これに加えて、許容できる所要時間、乗り継ぎの回数、運賃などの条件を設定することも可能です。①~③については、分析対象地域の状況によってなにを以て良しとするのかを決めることになりますが、標準的な考え方を以下に示しておきます。

 ①用事に間に合うか:学校であれば始業時刻、鉄道駅であれば列車の発車時刻、病院であれば診療開始時刻~受付終了時刻の範囲内、買い物施設であれば開店時刻~閉店時刻の範囲内など、目的地に合わせて設定します。学校や駅のように特定の時刻に間に合うことが必須となる施設と、病院や買い物施設のように到着時刻に幅を持たせることが可能な施設があるので注意しましょう。

 ②用事を済ませるだけの滞在時間が確保できるか:学校であれば終業時刻、病院であれば診療終了時刻までの範囲内で診療に必要な時間、買い物施設であれば閉店時刻までの範囲内で買い物に必要な時間、鉄道駅であれば列車の到着時刻など、目的地に合わせて滞在時間が異なります。終業時刻や列車の時刻、閉店時刻のように、明確に決まる時刻もありますが、診療時間や買い物時間など人によって必要とする時間が異なり、時刻を決めることが難しい場合もあります。こうした場合、それぞれの施設の終了時刻を設定するか、多くの利用者に当てはまると考えられる必要時間から時刻を設定すると良いでしょう。例えば、病院であれば午前中の診療終了時刻、買い物であれば到着から1時間程度とすることなどが考えられます。

 ③用事終了後に速やかに帰路につける:②の必要滞在時間を終えたのち、あまり待ち時間なく帰路につける必要があります。待ち時間の基準は一概に決められるものではありませんが、1時間以上の待ち時間となることは利用者にとって望ましくないでしょう。ただし、快適な待合環境が提供されている場合などには、それ以上の待ち時間となっても問題ない場合も考えられます。

セルの埋め方

 表-2に示すように、行ける場合に「○」、行けない場合に「×」を記入していきます。

表-2 行ける・行けない表の例

「行ける・行けない表」の特長

解像度設定の柔軟さ

 「行ける・行けない表」の作成にあたり、地区の解像度の設定や、閾値となる時刻・滞在時間・待ち時間・所要時間・乗り継ぎ回数・運賃などの条件は、分析者がその分析目的や評価対象、地域の状況に応じて設定することができますが、同じ条件設定の下で分析を行えば、同じ結果が得られます。

 このため、ネットワークやサービスレベルを変化させた場合の効果検証に用いることが可能です。例えば、新たな路線・系統を設定した場合、「○」判定の地区が拡大するので、整備が地域にもたらした効果を容易に表現できます。ダイヤを考慮した評価方法であるため、増便や減便の影響も容易に把握できます。また、目的地側の施設に立地の変化があった場合にも対応可能です。

 分析対象とする地域の大きさについても、市町村単位から都道府県単位まで適用可能です。

作成が容易である

 「行ける・行けない表」の作成には専門的なソフトウェアや計算は不要で、地図と時刻表があれば誰でも行えます。ただし、広い地域を対象とする場合や、ネットワークやサービスが大量・複雑である場合には、紙の地図と時刻表で作成するのは煩雑な作業となります。こうした場合、経路検索サービスが利用できると作成がより容易です。

活用場面

 本稿で提案する「行ける・行けない表」は、主として中山間地域や地方部における地域公共交通政策・評価への適用を念頭に置いています。具体的には、目的地となる施設の数が限られ、各路線の運行本数が概ね1時間に1本、もしくはそれに満たないような地域において活用することが適切です。

 都道府県単位での広域的な公共交通ネットワークの検討についての活用も考えられます。特に都道府県が補助において大きな役割を果たしている地域間幹線系統については、「複数市町村にまたがり、都道府県庁所在地や広域行政圏の中心市町への需要等に対応し、総合病院、学校、商業施設等への広域的な移動の足となる路線バス」と定義されており、それぞれの系統がこうした機能を果たしているかどうかを確認することにも活用可能です。

本手法の限界

 目的地が多数存在し、運行本数が頻発している都市部において「行ける・行けない表」を活用することは難しいと考えられます。その理由としては、第一に、公共交通ネットワークやサービスが充実しており、目的地が多数存在する都市部においては、「行ける・行けない表」の作成が必要となる場面は想定しづらいこと、第二に、居住地や目的地の数が増えると作成が煩雑になること、が挙げられます。ただし、都市部においても評価対象地区や施設を限った場合には活用の場面はあると考えられます。

 地方部においても、オンデマンド型の公共交通サービスを含めた評価の際には留意が必要です。オンデマンド型の公共交通サービスは、その特性上、確実に乗車できることや目的地へのアクセスを保証することができないので、面的にすべてを「○」判定とするのではなく、「×」判定とする方が妥当であることが多いと考えられます。その理由は、本稿で提案する「行ける・行けない」の判定は、移動手段の提供についてのポテンシャルで評価されるべきという立場を取っており、オンデマンド型の場合、他の利用者の予約状況によってサービス提供に不確実性が存在するためです。通学などの移動に確実性が求められる場合には「○」判定することは妥当ではないと考えられます。

 ただし、しかしながら、利用実績から実態としてサービス提供が確約されると判断して差し支えない場合には「○」判定として取り扱うこともあり得えます。オンデマンド型には多様なサービス形態が存在するため、今後も事例を蓄積し、検討を進める必要があります。

おわりに

提案した手法が有効である場面

 地域公共交通のネットワークとサービスを対象とした性能評価が多くの地域で実践されるためには、限られた評価範囲や精度であったとしても、地域公共交通政策に業務として関わる自治体職員が、特に専門的な知識がなくても一般的に利用可能な業務用PCや表計算ソフト、経路検索サービス、時刻表やバスマップを用いて評価を行うことができることが求められると言えます。

 「行ける・行けない表」による評価手法は、これまでに学術的に提案されてきた評価指標と比べると非常に簡易ではありますが、地域公共交通政策に携わる実務者の多くが実施可能という特長を備えています。

 特に以下に示すような場合には、本稿で提案した手法が有効であると考えられます。

  • 路線の新設やダイヤを調整により、現状のネットワークやサービスレベルの改善を検討する場合
  • 路線・系統の廃止により、どの地区の、どのような移動目的が達成できなくなるのかを事前に把握する場合
  • 経路を問わず利用できる企画乗車券の発行など、ソフト施策によりネットワーク・サービスの機能強化を検討する場合
  • ある地区からアクセスできる施設を把握することを通じて、当該地区の移動環境を把握する場合。あるいは、その作業をワークショップとして行うことにより、関係者の意識醸成を行う場合

今後の検討課題

 「行ける・行けない表」については改良すべき点が多く残されています。例えば、1)市町村レベルに適用する場合と、都道府県レベルに適用する場合において、地区の解像度設定はどうあるべきか、2)対象とする目的地はどうあるべきか、3)行ける・行けないの判定を行う場合のパラメーター設定の考え方はどうあるべきか、4)対象地域の総合的な「おでかけしやすさ」をどのように表現すべきか、といった課題が残されています。

 是非、行ける・行けない表を各地の地域公共交通政策においてご活用いただき、それらの事例を蓄積していく中でこうした課題に取り組みたいと考えています。

 また、「行ける・行けない表」の作成のための資料についてもこのサイトで随時公開していくことを予定しています。

参考文献

福本雅之:地域公共交通の性能評価手法としての「行ける・行けない表」の提案,土木学会論文集・特集号(土木計画学),Vol.81,No.20,2026.4.(登載決定)