「福祉と公共交通の良い関係づくり」のために考える視点とは?

 2024年11月26日に事故でご逝去された猪田有弥さん(50歳)に対してトリセツ編集会議メンバー一同は、哀悼の意を表するとともに大変に残念なことだと考えています。

 そこで、猪田さんが2022年5月25日にトリセツの記事として公開いただいたものを、ここで再掲させていただき、猪田さんの取り組みの一部を読者の皆様と共有させていただきたいと思います。

担当:猪田有弥(にしあわくらモビリティプロジェクト代表/社会福祉士)

行政
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福祉と公共交通の良い関係づくりをするためにはどうしたら良いだろう?

天の声
天の声

福祉現場の人と公共交通担当者は、それぞれ「現場の作法」や「専門用語の意味」が違うためになかなか話がかみ合わないことがあります。互いの分野の言葉を知ることから始めることで、公共交通分野が培ってきた「移動のしくみづくり」と、福祉分野が得意とする「個への寄り添い」が、より近づくと思います。

公共交通同様に福祉分野も意外と縦割り

 福祉の視点から移動の足を確保したい、どこから手を付けたらよいだろうか、という相談をよく受けます。みなさんは福祉というと、どういう対象を想定されるでしょうか。福祉の範囲の説明は多様ですが、ここでは大きく二つの軸で整理したいと思います。

表1 福祉分野の整理と主な法律

 基本的な内容福祉サービスに関するもの
高齢者福祉老人福祉法介護保険法
障害者福祉障害者基本法障害者総合支援法
児童福祉(子ども子育て)児童福祉法、母子保健法子ども・子育て関連3法
生活困窮・権利擁護生活困窮者自立支援法、虐待防止に関する法律、障害者差別解消法
地域福祉社会福祉法
(著者まとめ)

 この分類で説明をしたいことは、二つあります。一つは福祉の分野の広さです。公共交通との関連では、“福祉=高齢者や障害者”を念頭に語られることが多いですが、児童福祉・生活困窮者なども福祉の範囲に含まれます。また、地域の福祉活動に関しても「地域福祉」という一つのジャンルで成り立っています。このように一言で“福祉の人と話す”といっても、分野ごとに対象者、受け入れる施設や相談窓口も異なるので、なかなか1つの窓口では他の福祉分野には対応しきれないことが多いのが現状です。公共交通でいうモードの違い(鉄道・バス・タクシーなど)ぐらいの差があると言っても過言ではありません。

 もう一つ、福祉の現場は、“福祉サービス”ごとに、「できること」、「対象者」が決まっていることがとても重要です。さらに、特に高齢者福祉と密接に関連する「介護保険事業」については、自治体ごとに特別会計が組まれています。介護業界で「総合事業」と呼ばれている“介護予防・日常生活支援総合事業”は、地域の実情に応じた効果的な介護予防の推進がおこなえるため、外出支援を含め多様な取り組みがされています。しかし、制度的には「介護保険事業」の枠組みであるため、予算面や対象者などで制約があることが多くなっています。また、「高齢者の課題なら“包括”の人に聞いてみて」といわれた経験のある方もいると思いますが、“包括=地域包括支援センター”も、実は介護保険事業に位置付けられた組織です(包括、と字面だけ見ると、地域の福祉全般とも思われるかもしれませんが)。

 このように「福祉の人」といっても、誰の課題についてどの担当と話をするのかで、随分と反応や回答が違ってくることがわかります。

福祉分野の人は、利用者の「観察」と「記録」を特に大切にしている

 研修や実習などで、いろいろな福祉分野の現場に入って気づいたことがあります。それは、「観察」と「記録」を特に大切にしているということです。長年現場で働いている人たちには当たり前のことなのかもしれませんが、私のように異業種から福祉業界に入ったものからすると、とても新鮮なことでした。

 事例を挙げて説明しましょう。高齢者の通所介護(デイサービス:体操や食事、入浴などのサービスを受けられる日帰り施設)の朝の送迎に立ち会った時のことです。スタッフの方が分担して施設の車で迎えに行きます。家族や本人と何気ない会話をするのですが、これこそがスタッフの「観察」行為そのものなのです。朝トイレに行ったか、薬は飲んだか。確認事項はそれほど多くはないのですが、本人の様子を含めてきちんと「観察」しながら施設に送り届けます。そして、スタッフ間で共有できるように必ず「記録」をつける。こうすることによって、昼間の施設での見守りがスムーズに行われるわけです。そして、施設内での様子で申し送る事項があれば送りの時に家族に伝える仕組みも整っています。

 “送迎“を単に「移動」ととらえるのではなく、「観察」と「記録」がやり取りされる場、と理解すると、福祉現場の人たちが、いかに送迎を自分たちの業務として大事にしているのかがわかると思います。

公共交通分野は、旅客の「安全」をベースに「公共の福祉」を増進する

 公共交通に携わる人たちが大事にしていることも二つ挙げることができます。まずは「輸送の安全」。これは、公共交通に関わる基本的な法律(鉄道事業法・道路運送法・航空法・海上輸送法)すべてに共通して書かれている目的です。国土交通省も「輸送の安全の確保が最大の使命であり、何よりも優先されるべきものです。」と運輸安全のウェブサイトの冒頭で記すなど、そこに携わるすべての人たちが常に大切に持ち続けている心得であると言えます。制度面でも、「運輸安全マネジメント制度」が2006(平成18)年に導入され、各事業者を中心に輸送の安全向上に日々努めています。また、近年の自然災害の頻発化・激甚化を背景に、2020(令和2)年7月には「運輸防災マネジメント指針」がまとめられ、自然災害に固有の課題を踏まえた具体的な安全対応に向け、行政・民間が一体となった「顔が見える関係」の構築づくりが進められています。

 もう一つが「公共の福祉」の増進です。改めて『広辞苑(第7版)』を引いてみると、“社会構成員全体の共通の利益”と記されています。社会構成員とは国民や住民と置き換えることができますから、地域住民にとって安全な公共交通網があること。それ自体が、福祉的な営みであり、その活動力を落とさないように関係者は活動することをその目的として明記しているわけです。

鉄道事業法 第一条 この法律は、鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、輸送の安全を確保し、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする。

 このように整理すると公共交通と福祉は切っても切り離せない関係であることが改めて分かります。

福祉視点の本質は「ふだんのくらしをしあわせに」

 社会福祉士として、子どもたちに「福祉の仕事」を説明する機会があります。その時によく使うのが、「 “ふ”だんの“く”らしを“し”あわせにする。その頭文字をとった“ふくし(福祉)”の仕事をしている」というものです。 福も祉も、“しあわせ”という意味の字であり、重ねて強調することで、その現実を日常のありふれたものにするために福祉的な視点が必要だと、私は理解しています。しあわせのために観察し・記録する。活動力を落とさないように関係者が安全に活動する。私は、地域での移動を支える活動は「しくみづくり」×「個への寄り添い」から始まると考えていますが、公共交通をインフラとしてとらえ制度・仕組みづくりに力を注ぐことと、暮らしの体力をつけるために一人ひとりへ寄り添うこと。この二つがかけ合わさった活動こそが、「ふだんのくらしをしあわせに」する近道だと考えています。

地域力は“国語力”。お互いの言葉をよく知ることがカギ

 地域で活動をしていると、地域力は「国語力」だと感じることがよくあります。活動に携わる一人ひとりが、言葉に敏感になる。言葉を学び、磨き続けることで俯瞰的にものごとを捉えられるようになると思います。例えば福祉分野で「相談」というと、福祉施設の“相談支援専門員”や、社会福祉士の技法のひとつである“相談援助技術”をイメージし、“福祉サービスをつなぐ(人)”という連想を受けます。(もちろん、普通の相談も受けますが。)福祉サービスというと、その多くが前述した介護保険制度などに基づいたサービスになります。つまり、地域の移動のことは、福祉サービスとしてはメニュー化されていないので、福祉の分野では対応できない、となってしまいます。また、公共交通分野にいきなり繋ごうとしても、福祉の分野の人たちが運送の言葉を一つ一つ理解しながら話を進めるのが難しいのが現状ではないかと思います。 

 行政現場も少しずつ歩み寄りが進んでいます。『「交通」と「福祉」が重なる現場の方々へ ~高齢者の移動手段を確保するための制度・事業モデルパンフレット』は、ここまで挙げたような福祉分野の前提(お作法)や、介護保険分野の基礎知識が少し必要となりますが、「こういうことがやってみたいのだけど」という会話の取っ掛かりとしては、非常にわかりやすいものです。2018(平成30)年の初版からの制度改正にあわせ、2022(令和4)年3月に改訂されたものが公開されています。ぜひ参考にしてみてください。