地域公共交通を運行する目的を今一度考える

担当:西堀泰英(大阪工業大学)

はじめまして!

この度、公共交通トリセツのエディトリアルボードに参加することになりました、西堀と申します。聞くところによると、トリセツ開始以降、ボードメンバーが追加されるのは初めてだそうです。とても光栄なことです。
ほかの執筆者のように、愉快で役に立つ記事を書くのは難しいのですが、日ごろ感じていることや、研究で得た知見などを紹介していきます。ではさっそく1本目の記事をご覧ください。

 

地域公共交通を運行する目的は、人を目的地まで運ぶことですよね?

確かに人を運ぶことは大事な目的ですが、それが実現することによってほかにもいろいろな効果が得られることも覚えておいて欲しいです。

はじめに

地域公共交通を運行する目的は、民間企業である交通事業者と、自治体や地域団体など(自治体等)では異なる場合がありますが、人を目的地まで運ぶことに関しては共通する目的といえます。

民間企業は収益を上げることが重要なミッションであるのに対して、自治体等は民間企業がカバーできないような、収益を上げることが困難な領域で運行することが多いため、収益あるいは収支率のみで評価することは適当ではありません(トリセツ記事「収支率による評価の問題点はなんですか?」参照)。

そのため、地域公共交通を運行する目的は、とりわけ自治体等が運行する場合には、収益につながる多くの人を運ぶことだけでなく、人を運ぶことによって得られる社会的な波及効果を得ることを目的として設定することも重要です。

波及的な効果の例1:あきらめていたおでかけ需要が顕在化

以降では、筆者がお手伝いをさせていただいている、愛媛県松山市の複数の地域で運行されているオンデマンド型の相乗りタクシーである「おすそわけ交通」の事例を紹介します(「おすそわけ交通」の詳細はこちらをご覧ください)。おすそわけ交通は、運行主体が開始した移動サービスを、他の移動困難を抱える人にも広く利用していただく(おすそわけする)ことから、このように呼ばれています。

松山市を中心に各地に取り組みは広がっています。なお、おすそわけ交通の一連の取り組みは、ネッツトヨタ瀬戸内株式会社の大石一浩さんがけん引役となり実現してきたものです。大石さんの地域を巻き込んで自分たちが望むサービスを実現させる実行力には、目を見張るものがあります。

さて、おすそわけ交通が運行している地域は、もともと公共交通サービスが十分ではなく、車が運転できない人にとっては買い物や通院などの生活の足が不便な地域でした。そこで地域住民が主体となり、新たな移動サービスとしておすそわけ交通が導入されました。

導入後は予約を取ることが難しくなるくらいたくさん利用されているのですが、ここで特にお伝えしたいことは、導入前にはおでかけしたくてもできなかったのに、おすそわけ交通によって新たにおでかけができるようになった人がいることです(図1) 。

この図は、おすそわけ交通運行開始前後における、おでかけ目的ごとのおでかけ意向の変化を分析したものです。おでかけ意向は、「いまのままがいい」「もっと行きたい」「(いまはできていないけど)実は行きたい」の区分で把握し、おでかけしているか否かを考慮して分類しました。このうち「外出顕在化」は、運行開始前に「おでかけしていない」かつ「もっと行きたい・実は行きたい」であった人が、運行開始後には「おでかけしている」に変化した人を表します。買い物や通院などの生活必需的なおでかけではなく、友人に会うやランチなど食事,体操教室など(おすそわけ交通取組チームでは,これらの目的を「愉しみの活動」と呼んでいます)のおでかけができるようになったことは、注目に値します。

元々おでかけできていた人の外出回数がさらに増えることと異なり、潜在的なニーズがあったおでかけ需要が顕在化したわけです。これは、あきらめていたおでかけができるようになるという点で、その人の生活に及ぼす効果はより大きな意味を持つといえるでしょう。

図1 おすそわけ交通:運行開始前後のおでかけの変化
(小野久米地区の利用者に対する調査結果)

波及的な効果の例2:心が元気になる

現在運行しているおすそわけ交通は相乗りタクシーであり、利用時に他の利用者と相乗りすることがあります。その時にたまたま乗り合わせた人と、あるいはおでかけした先で会った人と会話を交わすことも確認されています。そうした仲間が集まって、運行主体が中心となって月に1回開かれるお茶会で会話をしたり、話が盛り上がり意気投合した人たちが自主的に日帰り旅行に出かけたりしています。おすそわけ交通がなければ集まることがなかった人同士が集まって親密な交流が生まれているのです。

人と会話することや交流が生まれたことの影響かはっきりとしたことは言えませんが、回答者の40%程度がおすそわけ交通を利用するようになって「こころが元気になった」と回答しています。これはフレイルの中でも心理的フレイルを予防する効果が得られているといえます。

図2 おすそわけ交通を利用するようになってからの暮らしの変化
(久枝地区の利用者に対する調査結果)

様々な工夫による効果の発現

こうした多岐にわたる効果は、おすそわけ交通を導入した目的に関係します。その目的は、「おでかけによる健康増進」です。これを実現するために、様々な工夫がなされています

例えば、定額制運賃にすることで料金を気にせず何度でも利用できること、ドアトゥドアの運行とすることでアクセス・イグレスの抵抗が小さいこと、地域の事業所と連携してクーポン券などの利用者特典を提供すること、そして利用者同士の交流を増やす取り組みとして運行主体がお茶会や利用者交流会を開催すること、さらには利用者一人ひとりに担当スタッフを割り当てて利用の支援すること、などがあげられます。

こうした様々な工夫が相まって、あきらめていたおでかけができるようになる効果や、心が元気になる効果が得られているのだと思います。

おわりに

おすそわけ交通は、人を目的地に運ぶことを最終目的ではなく通過点とし、おでかけによって健康を増進することを目的として運行しています。その結果、あきらめていたおでかけを可能にしたり、人との親密な交流を生み出したり、利用者のこころを元気にしているのです。

おすそわけ交通で行われている工夫は、どれひとつをとっても実現することは簡単ではありません。しかし、おすそわけ交通の導入目的からは、これらの工夫を行うことは必然であるとも思えてきます

そう考えると、地域公共交通を運行する目的をどのように設定するかによって、提供するサービス(工夫)が自ずと定まるとも言えます。さらに、運行を評価する際の指標を、運行目的に沿ったものにすることで、目的達成につながる運行の改善がなされることが期待できます。

以上のことを念頭において、地域公共交通を運行することの目的を今一度考えてみてはいかがでしょうか。

なお、おすそわけ交通については、多くの興味深い取り組みが行われていますので、トリセツでも共有をしていきたいと思います。

謝辞

おすそわけ交通の取り組みは、本文中に紹介した大石さんをはじめとする地域の皆さまの熱意により実現しているものです。ここで紹介させていただいたことへの謝意とともに、地域の皆さまの熱意と努力に敬意を表します。