担当:塩士圭介(日本海コンサルタント)
はじめに
運輸業界はコロナ禍による人流抑制の波をモロに受け、鉄道や路線バスの経営が厳しい状況に置かれていることは、本サイトをご覧の方にとっては周知のことだと思います。ただ、コロナ禍以前から、とりわけ地方部の鉄道、バスについては長期的な利用者数の減少や燃料価格・人件費の上昇などの影響により、収支モデルとしての成立が難しい状況が続いていたところです。その中において、地域の公共交通を守るための方策として「バス事業の共同経営」という単語が登場し、いくつか事例がでてきています。
前回記事では、独占禁止法と乗合バス事業の関係と、これまでも認められてきた事業者同士の連携の例について解説しましたが、この記事では、後編として、独禁法特例法に基づく共同経営計画によって、新たに出来ることについて、国の手引き及び実例をもとに解説したいと思います。(前編を先にお読み頂くことをオススメします。)
独禁法特例法(共同経営)で新たに出来ること
独禁法特例法に基づいて複数事業者が連携して運行計画に関する調整を行う場合、国土交通省に「共同経営計画」を提出することとなります。
ここでいう「共同経営」とは、単に複数事業者が会社ごと合併して同じ経営体となることのみを指すものではなく(もちろん独禁特例法では、このような会社の合併においても規定されています)、複数事業者が、それぞれの企業体・法人格を変更することなく、同じ目的・目標をもって連携してサービスを提供することも含まれます。
ここで、従前から問題ないとされたケース(前編で述べた「OK例」1~4を参照)と、独禁法特例法によって新たに出来るケースについて、「独占禁止法特例法の共同経営計画等の作成の手引き」(令和3年3月、第2版)によると下記のとおりとされています。
これだけではやや抽象的であるため、具体的に何が出来るのか、実例をもって紹介します。
運賃に関する取組(定額制乗り放題運賃、ゾーン運賃、通し運賃等)
エリア内の路線・系統について、事業者ごと及び一回乗車ごとに支払う必要があった運賃を、定額乗り放題やゾーン運賃、通し運賃などの設定が出来るようになりました。この場合、事業者間の収入調整が必要となる場合がありますが、利用者数や収入額など客観的な指標によらない運賃プールも出来るようになります。例えば、利用者は事業者の違いを意識することなく、同一エリア=同一運賃として移動することが可能となります。
路線に関する取組(ハブ&スポーク型のネットワーク再編、ループバス等)
複数事業者で競合していた同一路線で、系統・運行回数の見直しや、事業者間の路線・系統の運行分担または共同運行などの取組が可能となります。独禁法特例法においては、これまで「カルテル」とみなされた事業者間の運行本数の調整や系統の譲渡が可能となります。なお、減便を伴うサービス変更も可能となりますが、その場合は代替となる利便増進のための取組が必要となります(事業の改善及び基盤的サービスの維持が見込まれる変更である必要があります)。
下記の熊本地域における乗合バス共同経営計画(令和4年11月版)においては、多くの路線が輻輳している熊本県庁付近の路線について、収支が悪化していた熊本都市バスの路線を廃止する代わりに、九州産交バスの経路が当該廃止路線を経由することとして、事業の改善(収支の改善)及び基盤的サービスの維持(廃止代替となる系統の新設)を行っています。
ダイヤに関する取組(等間隔運行の実施等)
多くの系統が輻輳する区間において、到着時刻(運行間隔)が不均衡であることによって生ずる団子運転や待ち時間の増大、団子運転により引き起こされる交通渋滞といった課題を解決するため、複数事業者が調整してパターンダイヤ化(等間隔運行)を行うものです。この場合、運行回数の変更(減便や事業者ごとの運行回数の取り決め・固定化)を伴う変更も、共同経営計画に位置付けることで可能となります。
例えば、群馬県前橋市では、6社11路線について等間隔運行による待ち時間の均一化を図ることによる収支の改善を目標とした共同経営計画を策定、実施しています。ここでの独禁法特例法上のポイントとしては、時間帯別・事業者別の運行回数が、等間隔運行により増回または減回となる変更も、事業者間調整によって可能となったことが挙げられます。
なお、前述したとおり、運行回数の制限(減少、固定化など)を伴わない運行時刻の複数事業者間の調整は、従来よりカルテルとしてはみなされないため、単なるダイヤ調整であれば共同経営計画の策定は不要です。
乗合バス事業+他の交通機関との共同経営
独禁法特例法においては、乗合バス事業に加えて、鉄道、軌道、旅客船など他の運輸サービスも含めた共同経営計画を策定することも可能となりました。これにより、鉄道とバスの運賃の調整なども可能となっています。
例えば、広島市中心部においては、2022年11月から、交通事業者7社が連携して、路線バスと路面電車の運賃を同額化するとともに、路線バスの一定エリアを全て220円(現金)または200円(ICカード)とする共同経営計画が認定されました。
出典:広島市中心部における交通事業者による共同経営に関する報道発表資料
また、徳島県南部においては、徳島バスの運行する高速バスの一般道区間において、JR乗車券での乗車を可能とすることで、鉄道とバスの双方を共通運賃・通し運賃で利用出来るようになりました。この独禁法特例法上のポイントは、事業者間の運賃差を埋める収入配分を行うことで、双方の事業者の収益性向上が見込まれた点にあります。これにより、地域鉄道と乗合バスの双方が協力して地域の交通サービスを持続的に提供される効果が期待されます。
共同経営計画の策定に必要な作業
独禁法特例法に基づく共同経営を行う際には、下記に示す認可基準を満たす共同経営計画を策定し、活性化・再生法に基づく法定協議会の意見聴取の上で国土交通省に提出し、認可を受けることが必要となります。この手続きに関しては、国における標準処理期間が3ヶ月(公正取引委員会との協議も含まれる)とされているほか、事業者間や地方自治体、法定協議会参加メンバーとの調整も含めて十分な協議が必要です。
また、策定・実施された共同経営計画の内容については、変更が必要となる手続きについても上記に則った手続きによる変更計画の認可が必要(軽微な変更についてはこの限りではない)となることに留意が必要です。
あとがき(制度の積極的な活用に向けた課題)
ここから先は筆者の所感になりますが、乗合バス事業の共同経営により、事業者の収益性向上と利用者の利便性向上を両立させ、持続的なサービス継続を可能とする方策が取れるようになりました。一方で、この共同経営計画の認定については、地域公共交通活性化・再生法や道路運送法上の許可のほか独禁法特例法の観点からの審査が必要であり、認可に際する手続きが複雑となってしまうことが課題と言えます。
地域公共交通の取組はPDCAサイクルを回す観点で、常に事業の効果をチェックしながら必要な改善をしていくことが望ましいと考えられる中、共同経営計画の策定及び変更の度に、時間をかけて協議・審査が必要となるため、本制度を積極的に活用しようとする地域・事業者にとって、計画策定のハードルが上がってしまうことを危惧します。
さらに、独禁法特例法において、共同経営計画の「軽微な変更」が認められていますが、この「軽微な変更」の具体的内容については、「基盤的サービスに係る事業の改善に係る目標に関する数値の変更その他共同経営計画に記載された数値の変更であって、当該計画の実施に支障がないと国土交通大臣が認める変更」とされており、どこまでが「軽微」とされるかは、必ずしも明示されていません。極端な例でいうと、運行ダイヤを数本、時分をずらすだけの変更であっても、共同経営計画に記載されている内容であれば法定協議会の意見聴取を経て国における3ヶ月の処理が必要とも解されるため、共同経営の目標を損なわない範囲において、国の審査の迅速化・簡易化を図り、本制度がより広範に適用されやすくなるような環境整備を期待したいものです。
一方で、本稿の前半に述べたように、独占禁止法上のカルテルに該当しない(従来から認められる)利便増進の取組も多くあることから、各地域において事業者同士の連携を図る上で、共同経営計画の策定の必要性も含めて議論が進められることを期待したいと思います。
参考文献
独占禁止法特例法の共同経営計画等の作成の手引き(第二版:令和3年3月、国土交通省)
令和2年度地域公共交通シンポジウムin中部(R2.11.18)国土交通省資料