担当:塩士圭介(日本海コンサルタント)
はじめに
新型コロナウイルス関連のニュースで、「今日の新宿の人出は、携帯・スマートフォンの位置データを個人を特定しない形で集計したところ、対前年比でマイナス・・・パーセントでした」などと報道されるようになってきました。
「人流ビッグデータ」とは、ある特定のエリア、また時間帯を区切ったときに、どのぐらいの人がそのエリアに滞在しているか、その年齢や性別などの属性などを、個人が識別されない形で集計しデータ化したものです。このデータ元として、国民の多くが持っている携帯電話の位置データを活用しています。毎日、時間帯ごとに極めて多くのデータを収集、加工していることから一般的に「ビッグデータと呼ばれる部類になります。
総務省の調べによると、世帯におけるスマートフォンの普及率が8割を越えている(出典:令和2年情報通信白書)など、国民の大多数が何らかの移動端末を持っていますが、多くのスマートフォンではGPS(位置情報)機能を持っており、このデータを活用して、各携帯電話会社(キャリア)が、まちづくりや商圏・出店分析、昨今では新型コロナウイルスによる人流の変化の分析などに活用できるよう、様々な商品が有償・無償で提供されています。
パーソントリップ調査との違い
従来は、人の動きを知るには、「パーソントリップ調査」などのアンケート手法によるものが一般的でした。つまり、ある1日の人の動きを、被験者(回答者)に直接アンケート票に記載してもらうことにより、「どこからどこへ」「移動の目的、交通手段」などが取得可能な調査でした。このとき、「ある1日だけ」の調査しか実質的に聞くことができないのと、サンプル数(調査回収数)に限界があるため、時系列(1日~数年間)のトレンドを追ったり、ミクロ的な分析(例えば数十m単位の個別施設などに着目したピンポイントの動態)を追ったりすることは困難(というか不可能)でした。
これに対し、人流ビッグデータは、圧倒的なユーザー数を有する携帯電話保有者の基地局データまたは位置情報を使うアプリ(例えば地図アプリ・ナビゲーションアプリ)の膨大なログを、個人情報を秘匿化することで、長期間・24時間365日のデータが取得可能なものです。
ここで「公共交通トリセツ」の読者の皆様向けに、「公共交通利用の評価を行う」という視点で、人流データを使うことによる特徴を、他の調査と比較すると以下の通りです。
パーソントリップ調査、住民アンケート調査 | 公共交通利用者に対する調査(OD調査など) | 人流ビッグデータによる調査 | |
対象 | 居住者が基本(来訪者は対象外) | 公共交通利用者のみ | 居住者及び来訪者(対象エリアに調査対象期間に滞在している全ての人) |
公共交通利用者の特性・ニーズ | △公共交通の利用率が低い場合は | ○把握可能 | △移動手段が公共交通かどうかが判断困難(一部のデータでは判別している) |
公共交通非利用者の特性・ニーズ(潜在需要) | ○把握できる(自動車利用者・非外出者も含めたニーズ) | ×把握出来ない | ○ある一定の範囲目的地(OD)が把握可能 |
主な把握可能な項目 | ・「パーソントリップ」調査を行えば、自動車利用者も含めた人の移動が把握可能(目的地施設、交通手段利用率)・移動目的、公共交通利用頻度、公共交通を利用しない理由等、調査項目を自由にカスタマイズ可能 | ・公共交通利用者の利用動向・停留所間OD、便別利用者数、利用者の属性(年齢・目的地、利用目的等)、利用者ニーズ | ・おおよそ数十m~500mメッシュ単位で、曜日別、時間帯別の人口集中度合い、性別年齢別内訳及びその出発地内訳(すなわちOD)が取得可能 |
調査方法 | 郵送配布、郵送回収が多いが、最近ではWeb調査も可能 | 車内乗り込み調査、またはターミナルでのアンケート配布調査 | ビッグデータ保有企業よりデータを購入となるが、一部簡易な集計は無料で提供 |
調査日・調査内容 | パーソントリップ調査の場合、ある1日の移動を取得(調査日が限られる) | 調査日のOD、利用意向(調査日数と費用が比例) | ○24時間365日の移動実態が把握可能(分析期間により購入費用が上昇) |
人流ビッグデータの種類
一般に使用されているのは携帯基地局データ、GPSデータがあるほか、最近では、WiFiパケットセンサーを用いて観光客の流動をはじめ、様々な人流解析を行うことも増えています。それぞれのデータには、おおよそ以下の特徴があります。
- 携帯電話基地局データ:全国津々浦々に設置された各携帯電話会社の基地局データで蓄積されている履歴情報をもとに、携帯電話がONになっていれば常にデータが取得できる状態となるため、後述するGPSデータよりも遙かに多くのサンプルが取得できます。ただし、位置の特定については基地局の設置間隔によるので、分析の最小単位はおよそ500m(都市部では250m単位、郊外ではそれよりも広くなる)となります。
- GPSデータ:スマートフォンで提供される位置情報を扱うアプリ(地図アプリ、ナビゲーションアプリなど)でユーザーが位置情報をONにすると、緯度経度単位でデータが記録・保持されるものです。携帯電話基地局データと比べて緯度経度を正確かつ高頻度で取得することが可能です。ただしGPSデータの特性上、地下街や屋内などでは測位できない場合があることに留意が必要です。
- Wi-Fiアクセスポイントデータ:市街地や主要施設にあるWi-Fiアクセスポイントのアクセス履歴をもとに、人の行動を把握するものです。スマートフォンでWi-FiがONになっていれば、地上や屋内、地下であってもWi-Fiに接続できれば、施設・設置箇所間の移動データ(経路、滞在時間など)が取得可能となります。
携帯電話基地局データ及びGPSデータは、各携帯電話会社などから発売されているほか、一部機能は無償でWeb上で閲覧できるものがあります。詳しくはこのあとの節をご覧下さい。
主な人流ビッグデータの紹介
ここでは、あくまで筆者調べではありますが、人流ビッグデータを取り扱っている企業・サイトをご紹介します。
1.基地局データ
- モバイル空間統計(NTTドコモインサイト・マーケティング):ドコモの携帯電話基地局の仕組みを使用して作成される滞留人口統計です。7800万台とサンプル数が多く、500mメッシュ単位の1時間人口(性・年齢別、また居住地別の内訳)を把握することができます。
- 全国うごき統計(ソフトバンク×パシフィックコンサルタンツ)ソフトバンクの携帯電話基地局の仕組みを利用した人流統計サービスです。日本全国の人流を24時間365日把握し、交通手段や経路を可視化した移動に関する統計データです。
2.GPSデータ
- Agoop流動人口データ(Agoop):提携する複数の位置情報アプリのユーザーGPS位置情報を同意のもと取得し秘匿化・統計加工した位置情報ビッグデータです。エリア毎の時間経過による来訪・滞在人口推移や、From-Toなどの人々の流れを細やかに把握できます。
- 混雑統計(ゼンリンデータコム):NTTドコモのスマホアプリのGPSによる位置情報ビッグデータを加工し、家を出て帰宅するまでの「パーソントリップ」データとして提供。人がどこから来て、どこへ滞在し、その後どこへ行ったのかを把握することができます。
- KDDI Location Analyzer(KDDI):au携帯電話端末のGPS位置情報から利用者の位置情報を取得しデータ化。小地域(125mメッシュ、町丁目、道路等)ごとに、性・年代、居住地などの個人属性別の滞在状況を分析することが出来ます。
- DS.INSIGHT(ヤフー):ヤフーの保有する行動ビッグデータ(ヤフーのアプリの位置情報に加えて、ヤフー検索履歴などを結合)をもとに、特定エリアにおける生活者の実態や動き、興味関心をまとめて可視化するサービスです。
無料で見られる人流ビッグデータ(リアルタイム)
人流ビッグデータの一部には、ほぼリアルタイムでWeb上で現在の混雑状況を地図上にマッピング、またはグラフで示すサービスが無償提供されているものがあります。これを見ると、まちなかでどの地点が混雑しているか、いくつか下記に紹介しますが、続々と新しいサービスが登場していますので、興味のある方は色々検索してみてください。
- モバ空マップ(NTTドコモインサイト・マーケティング):地図上に500mメッシュでのリアルタイム滞留人口(基地局データから取得)を図示。あわせて主要都市中心部における時間帯別滞留人口をグラフ化(対前年との比較も表示)。日本全国に対応。
- Kompreno(Agoop):最小50m~メッシュ単位で、直近2日間の混雑度(GPSデータから取得)をメッシュ表示。道路交通量や、メッシュ単位の人流の移動方向・速度も表示される。現在は三大都市圏+福岡都市圏が対象。
- 混雑レーダー(Yahoo):Yahoo! JAPANが提供する各アプリ上で位置情報の利用を許可しているユーザーのデータをもとに算出した混雑状況を、色で段階的に表現するヒートマップで表現。
人流ビッグデータの活用事例
人流ビッグデータにより、これまで取得困難だった交通流動の時系列的な変化、広域からミクロに至るまでの交通流動も捉えることで、地域における交通実態がより詳細に把握することが出来ます。詳細については出典に記載のとおり国土交通省が手引きを出していますので、適宜参照頂ければ幸いです。
出典:総合都市交通体系調査における ビッグデータ活用の手引き 【第1版】
- 神戸市においては、携帯基地局データ(モバイル空間統計)を用いて、市バス系統の再編の可能性について検討を行っています。居住地中学校単位で、その居住地に住む方が昼間にどの地域に多く滞在しているかを知ることにより、市バスの系統設定の妥当性や再編に向けてモバイルデータが活用できるのではないか検討されています。
- 最近では、WiFiパケットセンサーを用いて観光客の流動をはじめ、様々な人流解析を行う活用事例も増えています。