担当:塩士 圭介(日本海コンサルタント)
住民が公共交通について何を望んでいるかを聞きたいんだけど、どうやって聞けばいいかなぁ・・・?とりあえず住民アンケートでも取るか?
ニーズを聞く方法は、何もアンケートだけではありません。また、現在の利用者に対する駅やバス停・車内での調査、郵送による調査、戸別訪問でのニーズ把握、座談会や戸別訪問など、いろいろあります。
ニーズ調査で失敗しないために
この項目をお読みになる方は恐らく、公共交通担当で、住民や利用者のニーズを何らかの形で把握し、サービスの改善につなげたいと思っていることでしょう。
自治体の交通担当であれば、まず住民アンケートを実施する、という場面が往々にしてあるかと思います。しかし、公共交通に対するニーズを聞くのに、住民アンケートは最善でしょうか?
公共交通の利用率が極めて低い地域で、無作為抽出による住民アンケート調査を実施したが、公共交通を使わない人の回答ばかりが寄せられ、結局公共交通を使っている人の意見はほとんど聞けなかった・・・なんて、大変もったいないことです。
一方、交通事業者、またはコミュニティバス運行の自治体担当課においては、日々寄せられる意見や苦情に忙殺され、または地域や利用者のルートやダイヤに関するご要望も多く寄せられていると思います。利用者の声を聞いて改善したはずなのに、新たな需要を取り込めていなかった・・・実は「現在利用していないが利用を考えている人」におけるニーズを聞けていなかった、なんてこともあるかも知れません。
こんな調査と結果のミスマッチを防ぐために、単にニーズを把握すると言っても、「誰に」「何を」「どのように」聞くのか、を考える必要があります。
誰に対するニーズを聞くのか?
対象エリアの住民に対して
対象エリアの住民一般が交通に対してどのようなニーズを持っているかを聞く場合は、住民から無作為に抽出して、郵送によるアンケートを実施することが一般的です。公共交通利用者以外(自動車ユーザ)も含めて、住民がどのエリア(施設)に移動しているか、どの時間帯に移動しているか、などを客観的・定量的に知るためには有効です。
一方、地方部で自動車に過度に依存しているエリアでは、公共交通に関心の低い人に調査票が届く可能性が高く、公共交通に対する具体的な意見・提案を把握することは難しくなることに留意すべきでしょう。
現在の公共交通利用者に対して
駅やバス停、車両内で簡単なアンケート(聞き取り、またはハガキなどを配布して回答を依頼)を行うことで、現に公共交通を利用している人のニーズや生の声を把握することが出来ます。または、日々交通事業者(または自治体交通担当)に寄せられる声を路線別・地域別に集計し、次のダイヤ改善等の参考にすることも可能です。いずれも、現在の利用者の評価を知るという点では有効な手立てですが、現在利用していない方を掘り起こすこと、すなわち潜在ニーズの把握には向いていないことに留意して下さい。
移動に困っていそうな人に対して
自動車が運転できない、家族の送迎に頼っている、バス停が遠くにしかない不便地域にお住まいなどの理由で、公共交通を利用したいが利用出来ない(しにくい)方に対して、どのような交通ニーズが必要かを聞くことが重要です。この場合、例えば老人クラブや婦人会、町内会の会合における意見交換会・ワークショップや、特定エリアを対象とした戸別訪問などが手法として考えられます。労力を伴う作業ではありますが、双方向のコミュニケーションにより、運行改善のヒントや気づきを得られる有効な方法です。
調査手法の比較(特徴と留意点)
ニーズを調査する方法にはそれぞれ特徴があり、誰に何を聞くのか、何のために聞くのかを吟味して、適切な調査方法を選択するようにして下さい。
調査手法 | メリット・特徴 | デメリット・留意点 |
住民アンケート調査(郵送) | 多数の意見を広い範囲から集めることが出来る 客観性の高い定量的なデータを得ることが出来る 現在公共交通を利用していない人も含めた移動の実態が把握出来る | 公共交通に対する詳しい意見や具体的な内容を把握することが他調査に比べ困難 把握したい情報(質問)が限られるため、何を知る必要があるのか、調査項目に吟味が必要 |
利用者アンケート調査(OD調査含む)、車内における聞き取り調査 | 利用者の行動(乗降バス停、属性)と、実際に使っている人から見た意見、要望を定量的かつ簡易に把握することが出来る | 車内で調査する場合、ごく簡単な設問しか実施できない |
バス停や戸別訪問による聞き取り調査 | 意識や行動を詳細かつ具体的に把握できる 双方向コミュニケーションにより、質問内容を柔軟に変更することが出来る 住民の生の声に触れることで調査者の「気づき」が得やすい | 定量的・客観的なデータを得にくい 調査員の技量(聞き取り技術)に結果が左右される |
住民意見交換会、ワークショップ | 特定の地区における意向を掘り下げて把握できる 意識や行動を把握するに当たっての前提となる詳細な情報を提示できる | 公共交通による移動手段の確保が必要な人の参加を工夫する必要がある 意見が多岐にわたり、集約が難しい場合がある |
(出典:地域住民の移動ニーズ把握マニュアル(平成30年3月、岡山県)をもとに筆者加筆)
アンケート調査では、人の動きを知ろう
せっかく住民アンケートを実施するのであれば、交通網の評価・検討に資する具体的な分析ができるよう、可能な限り具体的な分析ができるよう、アンケート内容を検討することが重要です。
例えば公共交通だけでなく、自家用車も含めた全ての移動の目的地(具体的な施設名)を聞くことで、住民がどこからどこへ(OD)移動しているかのニーズを把握することができます。下記のように、1日の行動を記載してもらい、市民の具体的な移動目的地(公共交通、自動車など)を把握することを「パーソントリップ調査」といいます。大都市圏や主要都市圏では約10年単位で行われておりますが、都市圏単位のパーソントリップ調査では、細かい町名、施設名が分からないことがほとんどであり、地方のコミュニティバスの検討には向いていない場合が多いです。そのため、より細かく「●●スーパー●●店」「●●病院」など具体的な施設名・店名などを把握出来るようなパーソントリップ調査を独自で実施すると良いでしょう。ニーズの高い経路やバス停の設置検討などに役立ちます。
満足度だけ聞いて「満足」していませんか?
多くの自治体においては、地域公共交通網形成計画やその他交通計画の立案のために住民アンケートを実施しています。そこでは、住民の公共交通に対する満足度を聞くのが一般的に広く行われます。その満足度は、計画策定の目標として捉えられ、数年後に同様の調査をして、目標とする満足度が向上したかどうかを判定する指標とすることが良く行われます。
しかし、満足度は調査時点での住民の感覚的な「相対評価」に過ぎません。また、大都市部を除くと、住民のうち公共交通を日常的に利用している人は(特に地方部では)決して多くなく、これらの人が(実際に使っているか否かを問わず)イメージで回答した満足度を用いても、公共交通の改善のヒントは十分に得られない場合が多いと考えられます。
市民の意向を「満足度」という指標で調査することに意味を持たせるのであれば、対象自治体全体の単純集計のみでなく、せめて地域・地区ごとの比較、または公共交通の利用頻度との比較分析をすること、満足度が低い人の自由意見を吸い上げるなど、少しでも分析に具体性を持たせることは実施すべきと言えます。
ニーズ調査の実施において、参考にして欲しいマニュアル類
住民ニーズを調査する方法論(調査方法、調査の分析結果の活用方法など)については、例えば下記のマニュアル類が非常に参考になりますので、適宜参考にして下さい。
- 地域住民の移動ニーズ把握マニュアル(平成30年3月、岡山県)
- 地域公共交通活性化まるごとブック2015(平成27年3月、国土交通省東北運輸局)
- 公共交通における効果的な ニーズ把握に関する調査報告書(平成29年3月、国土交通省関東運輸局)
- 戸別訪問による公共交通利用促進の手引き(平成31年2月、富山市)