担当:塩士 圭介(日本海コンサルタント)
新しい交通機関を導入したらどのくらい乗るのか知りたいよね-。
けど小難しい数式なんか分からないし、どうやって計算するんだろうね?
大規模な予測はやや難しいにしても、考え方が分かれば、簡単な計算は出来るかも知れませんよ?
そうなの?教えて!
予測とは・・・
新たに道路を開通させたり、鉄道路線やバス路線を走らせたりするときに、果たしてどの程度の利用者数が見込めるのかを把握したいところです。新たなサービスを提供する際の利用者数の予測を行うことで、必要な投資に見合う効果が得られるのかを判断する材料となるため、多少荒削りでもよいので、予測という作業は行ったほうがよいと思います。
しかし、いざ「予測」と言われても、何をどうしたら・・・と思う方がほとんどだと思います。
たとえば、駅を新設、またはバス路線を新設する場合、あるいは将来の公共交通利用者の需要を予測する方法として、こんなことが考えられます。
- 類似の駅、バス路線などの実績を参考に推計する。たとえば、駅勢圏人口あたりの利用者数、バス路線キロあたり利用者数などを参考とする(比較的簡便な予測)。
- 人や車の動きがどのように発生し、どのように動くかを、パーソントリップ調査やアンケート調査結果などを用いて予測する(四段階推定法が代表的)将来・長期予測に向いている。
- 最近手に入るようになった交通ビッグデータ(交通ICカード、携帯GPSログなどの人流ビッグデータ)を使った短期的予測(場合によってはAI(人工知能)などの技術を使うことも)。
このうち、2.については、道路交通量予測や鉄道需要予測の分野では一般的な手法ですが、数式が避けられないのと、大規模計算が必要な場合が多いことから、なかなか理解し難いところがあるかと思います。また、四段階推定法を使った大規模計算をバスの需要予測で行うことは稀(まれ)です。それは、基礎となるアンケート調査やパーソントリップ調査の調査精度などの問題で、あまりミクロな分析が難しいためです。
しかし、大まかな流れとして、何をどのように計算しているのか、概念だけでも知っておくと、「人(クルマ)の動きってこうなって予測しているんだ」という理解が深まると思います。
最新の予測手法として、3.で述べたような交通ビッグデータを使ったアプローチも考えられますが、ここではあえて、専門家の間で一般的に使われている「四段階推定法」に基づいて、(難しい数式は抜きにして)概念を説明したいと思います。
四段階推定法って何?
四段階推定法はアメリカで開発された手法で、現在でも確実性や安定性の面で信頼されて、多くの場面で用いられる手法です。
- どこで交通量が発生しているか、またどこへ交通が集中するか?
- どこからどこへ行くか?
- どんな交通機関を使うか?
- どの経路を使うか?
という四段階に分けて予測していることから、この名前が付いています。以下、段階ごとに、数式を使わずにごく簡単に何を予測しているかを説明します。
出典:堺市ホームページ「パーソントリップ調査に関する用語の説明」
1.どこで発生・集中するか?(発生・集中交通量の予測)
一般的に、居住人口が多い(例えばベッドタウン都市)ほど、その地域で多くの交通量が発生し、また従業人口(昼間人口)が多い(例えば都心部)ほど、その地域に多くの交通量が集中します。これを予測するのが「発生・集中交通量」です。
以下のステップを踏んで予測します。
①生成交通量:人口一人あたり、(何処に行くかを問わず)一日何回移動するか、を予測します。過去の事例ですと、だいたい1人あたり1日2~3回移動するものとされています(これを生成原単位といいます)。なお、この生成原単位は、若年層における経済的な格差の拡大や、テレワークの進展などを背景に、年々減少しつつあります。
②発生交通量:地域をいくつかのブロック(ゾーン)に分けて、そのゾーンごとの居住人口ごとに何人の移動が発生するかを予測します。基本的には居住人口に比例する形となりますが、交通の便が良い地域は発生交通量も多くなる傾向にあるなど、若干の地域差もあります。
③集中交通量:同様に、ゾーンごとの昼間人口・従業人口を予測した上で、何人の交通が集まるかを予測します。大規模集客施設などが存在する場合は当然集中交通量も増加します。
この発生・集中交通量は、通勤・通学・買物・通院などの移動目的別に予測する場合もあります。この場合、既存のパーソントリップ調査やアンケート調査で、何パーセントの人が各目的で移動しているのかを把握していることが前提となります。
2.どこからどこへ、どのくらいの交通が移動するか?(分布交通量=OD交通量の予測)
「OD」という言葉は聞いたことがある人も多いかも知れませんが、Origin(起点)・Destination(終点)の頭文字を取っています。
つまり、「どこから(=O)」「どこへ(=D)」交通が移動しているかを表すのが、下記の「OD表」と言われるものです。表の行方向が起点、列方向が終点を示します。
下記の図でみると、B市からD市に移動する人数(=OD交通量)は399人となります。
この分布交通量(=OD交通量)は、出発地の人口(発生交通量)、目的地の人口(集中交通量)に比例する一方、距離(または所要時間)に反比例することが一般的に知られています。これを、ニュートンの万有引力の法則になぞらえて考えると、2つのリンゴ(地域)の大きさ(人口)に比例して交通量が多くなりますが、その2つの距離(所要時間)が離れるほど、その間の引力(移動する量)は小さくなることになります。
このことから、所要時間を短くすることにより、移動量を増やすことが期待出来るため、アクセス性を高める新たな交通機関の導入により、人の活発な移動を促すという現象が科学的に説明できることになります。
3.どの交通機関を使うか(交通機関別交通量の予測)
さて、前項で地域間の移動量(OD交通量)が得られたので、次は、交通機関別の予測です。これについては徒歩・自転車の予測と、自動車・公共交通の予測とに分けて説明します。
(1)徒歩・自転車・二輪の利用量
徒歩及び自転車については、移動できる範囲がおよそ限られていることから、基本的に距離別の利用率を実績から推定することが一般的です。
下記は、国土交通省が数年に1回実施している調査(全国PT調査)の結果ですが、3大都市圏と地方都市で、若干利用率が異なります。三大都市圏では徒歩・自転車の利用率が高い一方で、地方都市では近距離であっても自動車への依存度が高いことが分かります。
従って、大都市で2地点間の距離が1.2km、移動量が1,000人だとした場合、下の左側の図から、徒歩利用率がだいたい50%ですから、1,000×50(%)=500人が徒歩利用、ということが推定できます。
移動距離帯別の交通手段別利用割合(2015年)
(2)自動車、公共交通の分担率
自動車、公共交通のシェアを予測する場合、公共交通の利用率がどのような要因(ファクター)によって左右されるのか、を考えることが重要です。
一般的に考えられる要因は以下の通りです。
- 所要時間(自動車の場合は混雑も加味した所要時間、公共交通の場合は駅・バス停までの所要時間も含む)
- 費用(自動車の場合は燃費及び有料道路料金、公共交通の場合は運賃)
- 公共交通の場合は、乗換回数、運行頻度(本数)などのサービスレベル
- 自動車の普及率(世帯保有台数)
平たくいうと、2点間の所要時間が短い交通機関ほど、その所要時間が選ばれやすくなる、ということになります。
下記は、パーソントリップ調査で得られた交通機関別交通量の利用率(分担率)の比較です。大都市の鉄道・バスの利用率が高くなっていますが、これは大都市圏では鉄道・バスのサービスレベル(運行本数など)が充実しているからと考えられます。一方で地方都市では鉄道・バスのサービスが限られているため、必然的に自動車の利用率が高くなる傾向にあります。
図 交通手段分担率の比較
(4)どの経路を通るか?(経路別交通量)
交通機関別の予測ができると、残るは経路別(どんなルートを通るのか)の交通量の予測となります。自動車と公共交通で考え方が異なりますので分けて説明します。
①自動車の場合
自動車の場合は、2点間を結ぶ経路は一般的に複数のものが考えられるため、その場合、「2点間を一番早く移動できる経路を通る(所要時間が最短)」という仮定を置いて経路別の予測を行うことが一般的です。この場合の所要時間とは、渋滞による遅れを含みます。
全ての道路は、1時間あたり・1車線あたりに流れうる交通量が経験的に分かっています。下記の例でいうと、経路1(オレンジ)の所要時間(ここでは旅行時間と記載しています)が13分、経路2(緑)の所要時間が6分とします。混雑しない場合は、経路2の所要時間が短いので、全ての交通が経路2を通りますが、そのうち交通量が増えると渋滞が発生して、経路2の所要時間が急激に上昇します(下記の例では20分)。そうすると、経路1のほうが所要時間が13分ですから、こちらの方が短くなりますから、渋滞を避けて一部の交通が経路1を選ぶ、という現象が起こります。そうすると、経路1、2とも所要時間が同じ20分になる(これを「均衡する」といいます)状況となる時の経路交通量として、経路1が100台、経路2が80台として求まります。
これを全ての地点間で計算するため計算は煩雑ですが、概念だけは知っておいたほうが良いでしょう。一般的に、車線が広いほど、また道路の規格が高い(一般的には高速道路>一般国道>地方道>その他街路)ほど、流れうる交通量は多くなります。
②公共交通の場合
公共交通の場合は、前項(交通機関別交通量の予測)で考えたような、下記の要因で経路別の交通量を求めることが一般的です。
- 経路別の所要時間(駅・バス停までの所要時間も含む)
- 経路別の費用(運賃)
- 経路別の乗換回数、運行頻度(本数)などのサービスレベル
まとめ
如何でしょうか?やや複雑な説明になってしまったかも知れませんが、知っていて欲しいのは、「交通量の予測には段階があること」「どの要因(ファクター)が交通量の大小に与えているのか」ということです。
何を予測するか? | 予測の段階 | 交通量の大小に与える要因 |
---|---|---|
どこで発生するか?どこへ到着するか? | 発生・集中交通量 | 出発側の居住人口到着側の従業人口(昼間人口) |
どこからどこへ、どのくらいの移動が発生するか? | 分布交通量(=OD交通量) | 出発側、到着側それぞれの発生・集中交通量2点間の移動距離・所要時間 |
どの交通機関を使うか? | 交通機関別交通量 | 自動車の場合:所要時間、燃費・自動車普及率公共交通の場合:所要時間・運賃、乗換回数、運行本数など |
どの経路を通るか? | 経路別交通量 | 自動車の場合:所要時間、燃費・自動車普及率公共交通の場合:所要時間・運賃、乗換回数、運行本数など |
ここでは、昔から使っている四段階推定法の原理と考え方を説明しました。ただ、交通ビッグデータの活用が容易になってきている現在、この手法はある意味古典的とも言えます。しかし、交通量予測の考え方を知ることによって、「どのようなファクターを動かしたら利用が増えるのか」というロジックを知ることが出来ますので、交通量の予測の仕組みについて、頭の片隅に入れていただければ幸いです。
交通ビッグデータを用いた交通量の予測については、また別の機会に述べることが出来ればと考えています。